5. 変身!トゥーー!!『ライダー物語』スタート!
17歳、夏。
女優として、仕事と向き合う日がやって来た。
『ライダー物語』には、子役パートがある。
幼い頃の橋本そらと水無瀬勇、そして引っ越していくシーンだ。
わたしが演じるのは、今現在の高校生になった『橋本そら』である。
早速、ドラマの顔合わせがやって来た。
そこには、今人気の若手俳優、神谷正志の姿があった。
今大注目のイケメン俳優だ。
わたしがここにいることが、明らかに場違いな気がしてくる。
主題歌を歌う奴が、ドラマのヒロインもやるなんて、役者の皆さんからしたら気分がいいとは言えないだろう。
「はじめまして、佐藤美空です。よろしくお願いします」
「はじめまして。ってか、俺達って同い年だよね? どうも、よろしく!」
神谷さんは、わたしの前に手を出した。
つられるようにして、こちらも手を出す。
わたし達は、握手を交わした。
「俺、聴いてるんだよね。美空ちゃんの曲」
「へっ……?」
「だから、共演できてとても嬉しい」
神谷さんは、眩しい笑顔をこちらに見せる。
気さくな雰囲気で、距離を詰めて来るのも、はやかった。
でもまぁ、怖い人でなくて良かった。
わたしは、少しホッとした。
撮影日は、あっという間にやって来た。
ドラマのファーストシーンは、二人の再会。
いじめられている橋本そらの前に、水無瀬勇が現れ、ヒーローのように登場するシーンだ。
「やめて……。やめてください……」
「は? 何? 聞こえないんだけど?」
わたしをバカにする笑い声が響き渡る。
「変身! トゥーー!!」
わたしの目の前で、戦隊もののヒーローが変身した。
わたしをかばうように現れた、彼の後ろ姿。
この男は、一体、誰?
「お前ら、何やってんだよ!」
わたしの知らない声がする。
でも、その変身ポーズを、わたしは知っている……。
何度も、君がわたしに見せた、あのライダーの変身ポーズ……。
「あんた誰?」
「まぁー、こいつの古くからの幼馴染み? ってところかな?」
それは、もう二度と逢うことのないと思っていた初恋の彼だった……。
「水無瀬君……?」
「はい、カーーット!!」
興奮気味の監督のカットがかかった。
「いいね、神谷君! 最高だよ!! 本当のヒーローみたいだ!!」
そうか、これは、彼を引き立てる役なのか。
わたしに求められているのは、清純派でピュアなイメージ……。
かわいそうなヒロインであれば、それでいいのだろうか?
× × ×
幼い頃、水無瀬君は正義のヒーローに憧れていた。
ライダーの変身ポーズを、何度も何度も繰り返し、わたしに見せてくる。
わたしは、いつの間にか、1号、2号と、変身ポーズの違いまで覚えてしまっていた。
その年のクリスマス、水無瀬君はサンタクロースから、ライダーのフィギュアを貰う。
喜ぶ彼は、「ライダーのクリスマスプレゼントだ!」と無邪気に喜び、わたしに自慢した。
水無瀬君は、小学生になってもヒーローへの憧れが強く、呆れるわたしを前に、変身し続けていた。
そして、ある日、わたしは田舎に引っ越すこととなる。
別れを前に、今まで当たり前に隣にいた彼がいなくなることに胸が締め付けられる。
これは、初恋だったんだ……。
わたしは、水無瀬君に好きと伝えずに転校する。
きっと互いに好きだった。
でも、気持ちを確かめることはできない。
「無理だと分かっていた。でも、追いかけて来てほしかった……」
車が出発する。
これで、もうお別れ……。
次第に遠くなっていく、手を振る水無瀬君の姿。
姿が見えなくなっても、わたしはすっと水無瀬君のいる方を見つめていた。
わたしの目から涙が溢れた。
それは、別れの青い涙だった……。
× × ×
わたしは台本を閉じた。
この過去を背負った橋本そらの今……。
わたしは全力で、涙を流す橋本そらを演じるべきだ!
わたしは、いじめられる主人公……。
よしっ!
いよいよ、本格的ないじめシーンの撮影が始まった。
16歳、寒くなり、冬が近づく。
それは突然、始まった……。
体育の授業、ボールパスが、わたしにだけ回ってこない。
妙な気がした。
今思えば、あれが始まりだった……。
クラスの掲示板に貼られている写真。わたしの写真だけが破られていた。
上履きを隠され、ゴミ箱に捨てられている。
机には、見るに堪えない言葉がマジックペンで書かれている。
わたしはトイレに閉じ込められ、水をかけられる。
先生は、わたしに問題があると言った。
まさか、向こうの味方をするなんて……。
わたしを救ってくれる人は、どこにもいなかった。
次第にクラスの中から自分が孤立していくのを感じた。
ねぇ、わたしが一体、何をしたというの?
自分をごまかすために、わたしは笑って見せた。
笑うと、人は楽しいと勘違いするらしい。とても単純だ。
そう、わたしは楽しいんだ。
「お前、へらへら笑ってんじゃねぇーよ。キモイんだよ!!」
わたしの中で、何かが音を立てて壊れた。
「あれっ? なんで……? わたし、全然楽しくないじゃん……」
風で揺れる木々の音も、わたしを笑っている……。
目の前に転がる石ころすら、わたしをバカにしている。
上空を飛ぶ鳥も、わたしが存在しない世界を望んでいる。
すべてのものが、わたしを嫌ってるんだ!!
「あーーーーっ!!」
両耳を塞ぎ、震える声で叫んだ。
救いを求める悲鳴とも言える叫びが、学校の帰り道に響き渡った。
そして、両目から涙が溢れる。
それは、わたしに、『橋本そら』が乗り移ったような、わたし自身が『橋本そら』になったような叫びだった。
タイアップ『青い涙』が大ヒット!?
まだまだ続く、女優“佐藤美空”覚醒の時!
来週に続く