11. その涙は演技じゃない!わたしが失ったもの。
「これってもしかして! プロポーズですよね?」
「永遠の愛ですよね?」
「今、ひざまずいて、彼女にプロポーズしたぁー!!」
「おめでとうございます!!」
隠れて見守っていたわたし達『爆エン! 恋のキューピット』は、カップルのもとへ駆けつける!
そして、祝福の歌『ですよね宣言!』を歌って踊る。
「ですよね~宣言! ですよね~宣言! ですよね~宣言! 君に夢中! 僕は夢中!」
爆エン! から誕生したアイドル『爆エン! 恋のキューピット』は、いくつものカップルを見届けた。
自分の恋を応援してほしい!
好きな人に告白したい!
彼女にプロポーズしたい!
そんな一般の方を対象に、『爆エン! 恋のキューピット』は、今日も駆けつける。
爆エン! の人気コーナーとなっていた。
わたしは、番組内コーナーMCもするようになり、次第にわたしの立ち振る舞いも向上していった。
過ごしやすい秋の季節がやって来た。
ある日、爆エン! メンバーとロケに行くことになった。
そして、偶然にもそのロケ場所は、わたしの実家近くだった。
楽しく街ロケをこなし、商店街でお店をめぐったり、ボケたり、ツッコミを入れたり。
わたしが一口食べたソフトクリームを、コメントしている間に、横から風上さんががぶりと全部食べてしまい、わたしは彼の頭をはたく。
風上さんのやることは、時々ドキッとさせられる。あくまでも、これもボケなのだろうけど。
ワイワイと楽しいロケだった。
ロケを終え、その帰り、少しだけ実家近くに寄ってもらうことになった。
親の許可が取れれば、自宅訪問ロケもありか? なんて話も持ち上がる。
わたしは少し不安だった。
それは、あれから実家と電話連絡が取れていなかったからだ。
わたしのかけたタイミングが悪かったのかもしれないと思いながらも、あまり良い予感はしていない。
この日も、電話はずっと呼び出し音のままだった。
ロケ車が実家近くに止まる。
どうやら、着いてしまった。
久々の実家。思えば、あれから一度も帰っていない。
目まぐるしい毎日に、必死でそれどころでもなかった。
わたしが住んでいた一軒家は、変わらず、確かにそこに建っていた。
でもそれは、わたしの知っている家ではなかった……。
庭では、知らない女性が何やら花の手入れをしている。
「どういうこと……」
笹竹さんが車を降り、その女性に話を聞きに行った。
戻って来た笹竹さんの顔は、まだ理解が追いついていない様子だった。
わたしは状況を尋ねる。
それは、衝撃的なものだった。
わたしの実家は既に売られており、今は別の人が暮らしているということだった。
つまり、わたしの父と母は、もうここにはいない……。
わたしは何も聞いていない……。
家が売りに出されたことなんて知るはずがなかった。
わたしの活躍を喜んでくれた父と母は、一体どこへ行ってしまったのだろうか……。
これは、わたしのせい?
わたしがもし上京していなかったら?
恐怖と不安と絶望感が、わたしに一気に襲いかかってきた。
東京へ帰るロケ車の中。
わたしはずっと涙を堪えていた。
堪えるのに、ただただ必死だった。
バスの中もすっかり静かで、みんなどうしていいのか分からない様子だった。
三栗屋さんが何か言いたげな顔をしながら、チラリとこちらを見た。
でも、黙っている。
わたしも何も言えなかった。
今口を開いたら、泣いてしまいそうだったからだ。
ふいに、わたしの横の席に、風上さんがやって来た。
そして、突然、わたしを抱きしめた。
「!!」
「泣きたい時は、泣いたらええねん」
風上さんのぬくもりに抱きしめられ、わたしの目から涙か溢れだした。
わたしは声をあげて、泣いてしまった……。
悲しみはわたしが引き受けます……。
『爆エン! 恋のキューピット』青担当のそらはそう言ったけど、もう限界だった。
× × ×
その後、笹竹さんが父の働く会社に連絡し、父から連絡をよこしてもらう形で、真実は発覚した。
真実は残酷なものだった。
それは、“娘の夢のせいで両親が離婚した”ということだった。
わたしの活躍とは裏腹に、両親の仲は悪くなっていったそうだ。
日々、どんどん遠くへと娘が行ってしまうと感じていたようで、娘を応援するとしていたものの、父と母の娘に対する見解の違いが、離婚へと繋がったそうだ。
母は、やはり芸能界に行くわたしに、快く思ってなかったのだろうか。
もしかしたら、今のわたしは、シンガーソングライター以外の活動が多すぎて、それは当初の話と違うと感じていたのかもしれない。
今のわたしは、女優の罰ゲームを代わりに受けるような人間だ。
それは、両親が望むものではなかったかもしれない。
母は、実家のある九州に戻っていったそうで、もう詳細は分からないという。
父はこの事実をなかなか伝えられず、電話にも出ることができず、ずるずると時が経っていたそうだ。
夢は叶えたいと思った時に行動しなければと、わたしは家を飛び出し上京した。
それは、間違っていたのだろうか?
でも、あの日、飛び出さなければ、今は絶対になかった……。
「何かを得るには、何かを失うんだ……」
涙がとまらなかった。
誰かが“泣きの演技が光る女優”だと言った。
でも、この涙は演技じゃない……。
外は雨が降っている。
まるでわたしの心を表しているようだった。
電話が鳴った。
笹竹さんからだろうか。
「ん? 風上さん……?」
「はい、佐藤です……」
「大丈夫か?」
「大丈夫、です……」
「大丈夫じゃないやろ?」
「……」
「俺にも、辛い過去はある」
「へっ……?」
風上さんは、突然自分の境遇を話し始めた。
風上さんは、母子家庭で育ったらしい。
というのも、父が暴力を振るう人だったそうで、母はいつもそれに耐えていたそうだ。
夜、静かに泣いている母の姿を目にし、このままでいいわけがないと思った。
そして、自分のために母が耐えているのだと悟った。
『逃げよう!』母にそう言うと、父のいない街に二人で逃げだしたのだそうだ。
そして、辿り着いた場所が、笑いの街、大阪。
生活は楽じゃない。でもそれは、安全との引き換えだった。
そして、母を笑顔にしたいと思うようになった。
それが、芸人の道を選んだ理由だという。
父のことは嫌いだったわけではない。
優しい瞬間もあって、父との楽しい思い出は、今でも大切に胸の中にあるそうだ。
会いたいと思ったこともある。
でも、もうどこにいるかも分からない。
そして、今後も会うことも決してない。
いつも明るくて笑わせてくれる、なにわメモリー。
でもそこには、悲しいメモリーがあった。
「今度、ディズニーランド遊びに行かへん?」
「ディズニーランドですか!?」
「大阪いたから、これまで全然行けへんくて」
「なんで、わたしと……?」
「下ばかり向いてても、前進めへんやろ? 気晴らしに。な?」
それは、風上さんからの優しさだった。
こんなわたしを、気にしてくれるなんて。
胸が苦しくなった。
電話を切った後、わたしは、またしばらく泣いた。
数日後、オフの日、わたしはディズニーランドに向かった。
頭が回っていなくて、わたしはこの状況をあまりよく考えていなかった。
ん?
これって……
ディズニーランド、二人きり!?
「ほら、そら、行くで!」
「あ、ちょっと!!」
呼び捨て!?
風上さんは、わたしの手を引き駆けだした。
誰かが、カメラを向けていた。
カシャっとシャッターを切る。
その日、週刊誌はスクープを撮った。
わたしに起きた、更なる悲劇!
風上さんは妻子持ち。それはつまり……
来週に続く