1. 問題児、追放される!
冒険者ギルドが管理する冒険者用居住アパートの一室。
12平米の室内には、一つのベッドとテーブルとイスの1セット。
壁にはいくつかの武器や鎧が掛けられており、木や鉄や革の匂いが微かに漂っている。
シンプルながらも整頓されたその部屋には、二人の男がいた。
二人の男の内、椅子に腰かけ神妙な表情を浮かべている男の名前はヴォルフ。
5部屋からなるこのアパートの一室の賃借人であり、室内にいるもう一人の男を含めた計4人のメンバーを束ねる冒険者パーティのリーダーである。
茶色い短髪に彫りの深い目元、男らしく無精髭を生やし、いかにも経験を積んだ冒険者といった風貌の体格のがっしりした男である。
そして、そのもう一人の男の名前はゼット。
毛先のやや赤みがかった黒髪を逆立て、とにかく目付きの悪いチンピラのような風貌の男だ。
ゼットはヴォルフが束ねる冒険者パーティのメンバーの一人であり、現在はヴォルフの部屋のベッド上で寛ぎながらピザを貪り食っている。
「ゼット、少し言い辛いんだがな……」
暫くの沈黙の後、ムシャムシャとピザを頬張るゼットに対して、パーティリーダーのヴォルフは気まずそうに声を掛けた。
「──お前には、うちのパーティを抜けて貰う事になった」
「もちゃもちゃ、もっちゃもちゃ」
ゼットは、ヴォルフの方を見ているようで見ていないような、集中しているような呆けているような、そんな顔をしながら無言でピザを食べ続けた。
「……取り合えず、真面目な話をしようとしているからピザを食べるのを止めて欲しいな。あと、なんでお前は俺のベッドの上で何の許可もなくピザを食べてるんだ?──おい、カスがポロポロ落ちてる、なんでそんな事をする、何故なんだ。……無視するな、聞こえているだろ、おい。……こっちを真っ直ぐ見つめながら無視するな、何が目的なんだお前は」
「もちゃもちゃ」
「もちゃもちゃ、じゃなくて」
ヴォルフの声を全て無視しながら5分ほどピザを食べ続け、最後の1ピースを食べ終えたゼット。
彼は油やソースがべっとりと付いた指の汚れをベッドのシーツで拭うと、ようやくヴォルフに返事をした。
「悪い、ちょっと聞いてなかった。さっき何か言ってた?」
「殺したい、貴様を今すぐに」
「俺をパーティから脱退させる……?そ、そんな、一体どうして……!!」
くわッ!!と唐突に表情を険しくさせるゼット。
「どういう情緒してるんだお前。つか、聞いてるじゃねーかちゃんと」
わなわなと震えるゼットに対して、ヴォルフは呆れたように言う。
「……はぁ。あのな、ゼット──」
と、一度肩を落としてため息を吐くと、戯れのような空気を仕切りなおすようにヴォルフは表情と語気を強張らせた。
「マジで言ってるぞ、俺は」
「…………」
そのピリつくような真剣な空気と視線の中、ゼットも眉を顰めながら表情と声色を鋭くさせた。
「何だってんだ、藪から棒に。俺がお前のベッドの上でピザ食ったからか?それとも、このピザ代をお前名義でツケたからか?」
「違う、そんな理由じゃない。そんな理由じゃないが、それが理由でも良い気がしてきたな。勝手に人の名前でツケるな」
「じゃあ何だって、いきなり俺が脱退させられる事になんだよ。こちとら二年以上このパーティに尽くして来たんだ。急に抜けろなんて言われたって、納得なんか出来ゃしねーぞタコこらッ」
ヴォルフに対して、今にも刺さんと言わんばかりの怒気を放つゼット。
「……ないか?パーティを追い出される心当たりが」
「心当たりある人間がよぉ、こんなにキレてたら逆ギレになっちまうだろうが!!」
「斬新なキレ方を見せるな」
「お前の膝の皿抜き取って野良犬のフリスビーにして遊んだろかな」
「怖い怖い怖い」
「冗談だ」
「じゃないと困る」
「はっはっは。……じゃ、そういうわけで」
「おう、また明日な。……って違うだろうが」
「離せ……っ!」
そそくさと部屋から退出しようとしたゼットを、ヴォルフは背後から両腕を回して羽交い締めにした。
うがー!っと言いながら手足をジタバタさせるゼットに対して、ヴォルフは言う。
「まだ話が残ってるだろうがっ!」
「終わってンだよ!俺はパーティを抜けない!はい終了!!」
「出てってもらうっつってんだろうが!!」
「やかましい、くたばりやがれ!!」
「でッ!?」
ゴキン!と、ゼットは首を反らせて後頭部を勢い良くヴォルフの眉間にぶつけた。
その衝撃で羽交い締めが解かれ、ゼットの身は自由となった。
「お前なぁ……っ」
額を手で押さえながら、ヴォルフはゼットを睨み付ける。
そんなヴォルフを横目に、ゼットは言う。
「つい昨日までパーティみんなでダンジョンに潜ってたってのに、こんな急な話じゃ他のメンバーも納得しねぇだろ。俺ら5人は二年以上苦楽を共にし、深い絆で結ばれたファミリーみたいなチームなんだからよ。とにかく、日を改めろやヴォルフ」
「改めたところで俺は抜けやしねーがな」と、ゼットは頭を左右に振りながらゴキゴキと気だるそうに首の骨を鳴らした。
痛みを紛らわすように眉間の辺りを指で擦ると、ヴォルフもゼットの言い分に対して言葉を返す。
「いいや、抜けて貰う。もちろん他のメンバーも納得済みだ」
「あんなクソろくでなし共が納得したかどうかなんて関係ねぇなァッッ!!俺は抜けんぞ、断固としてッ」
「深い絆で結ばれたファミリーはどこいった……」
カッ!!と目を見開きながら怒鳴るゼットに対し、ヴォルフは頭痛を堪えるようなジェスチャーを取った。
「はぁ……。分かっちゃいたが、こうなるよな……。諦めるしかねぇか……」
「おうおう、パーティの要たるこの俺を追い出すなんて愚かな企ては潔く諦めるこったな」
「……いや、俺が諦めるのは『後腐れなくお前に抜けて貰う』って理想だ」
「……あ?」
どこか含みのある言い方をするヴォルフに対して、怪訝な視線を向けるゼット。
「悪いけどなゼット。お前が今ここで何をどう主張しようと、もう手遅れなんだ」
「……………ヴォルフ、テメェまさか」
一呼吸置いた後、ヴォルフは懐から一枚の紙を取り出し、その書面をゼットへ向けた。
「今日、ギルドで手続きを終えた。この書面の通り、ゼット、お前は正式にうちのパーティから脱退処理されている。────お前は、もう既に俺達パーティのメンバーじゃない」
突き出された書面を手に取って内容を確認すると、ゼットはわなわなと震えながら顔を上げ、ヴォルフを見た。
「お、お前これ、マジもんじゃねぇか……」
「ああ、マジもんだ」
「……ガチ?」
「ガチ」
コクンと頷いたヴォルフを見て、ゼットは再び書面に視線を落とした後、暫く無言でぷるぷると震え、そして怒り狂った。
「ヴォルフ、おま、お前、お前ーーー!!何やってくれとんじゃテメェ、テメーーーー!!」
「もうお前はパーティメンバーじゃないから、俺が借りてるこの部屋で寝泊まりは出来ない。荷物まとめて出ていけ」
「こ、この人でなし、人でなしがぁーーー!!てめっ、一体何様のつもりだこの野郎!!なんの権限があってこんな暴挙がまかり通るってんだ、おいこら!!」
「パーティリーダーとしての権限だな、シンプルに」
「うぎーーーーーッッ!!おま、お前、お前これが二年以上連れ添った仲間に対する仕打ちかお前ェーーー!!」
「俺だって、こんな強引なやり方はしたくなかったっつの……!」
「じゃあ、すなーーッッ!!」
「警告してきただろうが、今まで何度もッ!」
「警告だぁ~!?」
ギャーギャーと怒り狂うゼットに対して、最初はやや申し訳なさそうにしていたヴォルフも段々とヒートアップする。
「『お前の活動態度を改めないとパーティから出ていってもらうぞ』って、散々言ってきただろうがッ!!」
「俺の何が問題だってんだよ!!」
「それこそ、もう毎日毎日言ってるだろうが!!」
そう怒鳴ると、ヴォルフは堰を切ったように苦言を列ねた。
「ダンジョンでモンスターと戦うときに勢い良く突っ込んでわざと攻撃を食らってやられたフリをし続けてサボるのやめろとか、他のメンバー用の回復ポーションを意味もなく勝手に飲むなとか、援護用の攻撃アイテムを戦闘中の味方にわざと当てるなとか、ダンジョンの落とし穴にわざと落ちてダンジョンの探索効率落とすのやめろとかシンプルに遅刻やめろとかダンジョン内で遊ぶなとかッ!!冒険者として仕事中だけじゃねぇ!!普段の生活面もだ!!他のパーティに絡んでトラブルを起こすのも日常茶飯事だし、お前の喧嘩や言動のせいで毎回ギルドから処分食らうし、二日酔いでフラフラのまま仕事にも来るし!!何よりギャンブル癖が酷すぎる!!パーティとしての資金を勝手にギャンブルや酒に使ったり、負けた分をどうにかしようとして、お前が無理矢理レベルの高い依頼を引き受けたせいで仕事に失敗して違約金がかさんだり!!しかもその依頼でさえちゃんと戦わないしなァッ!?借りた金も返さないし、メンバーの私物を勝手に質屋に入れるし、唯一の女性メンバーのレイラの下着を盗んで変態コレクターに売却するし、『いやらしい目的で盗まれるより遥かに腹が立つ、殺す』ってブチギレたレイラが暴れるのを制止するまでにあちこち建物を破壊して賠償金がえらい金額になったりもしたし!!」
こめかみに血管を浮かべながら一通り言い終えると、ヴォルフはぜぇぜぇと息を切らした。
「何か急にめっちゃ喋っててウケるな」
「キサマぁーーーーッッッ!!んギーーーーッッ!!」
「つかよぉ、たったそれだけの事で、本気でパーティを追放されちまうのか……?俺は………」
「"それだけ"の容量がちょっとデカ過ぎないか?──……はぁ。まぁとにかく、十分過ぎるほどに時間があったにも関わらず、これだけの問題点を今まで一切直さなかったお前の自業自得なんだよ、ゼット」
額に浮かんだ汗を拭うと、ヴォルフは言葉を続けた。
「……俺らだってこんな強引な追い出し方はしたくなかったが、仕方なかったんだ。メンバーにはそれぞれ目標もあれば、身内を金銭的に支えなきゃいけない奴もいる。俺のパーティはゼットという足枷を着けたまま、いつまでも足止めを食らっちゃいられねぇんだよ。──パーティの将来の為にお前を追放する決断を下したのも、リーダーとしての俺の責任だ」
「パーティの将来だぁ?寄生先を失った俺の将来はどうなるってんだ?ええヴォルルルルルフさんよぉ?」
「急にテンション変わりすぎだろ、顔が近すぎる、俺の名前を呼ぶときに舌を巻くな、今パーティのことを寄生先って言ったかお前!?」
「おい!!誰が足枷だコラァッ!!」
「今!?」
「とにかくキレとけば、有耶無耶になるんじゃないかと思って」
「ならないが……」
「チッ」
「おいお前、舌打ちするな。──ああそうだ。ちなみにだが、追放を撤回させようとして無理やりここに居座り続けるのはお勧めしないぞ」
「は?意味不明な言葉喋ってんなよお前」
図星も図星。ゼットはまさに、このままアパートに居座りヴォルフが根負けして追放を撤回するまで粘着し続けるつもりであった。
そんな彼に、ヴォルフは言葉を続ける。
「いたきゃいても良いが、ここは冒険者ギルド管轄のアパートだからな。不法滞在なんかしてたら寝込みに冒険者ギルドの実力者20人以上に取り囲まれ、魔術やガス系アイテムで無力化させられた後に総重量400kgの鉄製拘束具で全身を拘束されて冒険者懲罰施設の地下牢まで運ばれるだけだぜ。ほらこれ、さっきの書面と一緒にギルドから貰った警告文だ」
ヴォルフが再び懐から取り出したもう一枚の紙面には、今ヴォルフが言った通りの警告文が記載されていた。
「至極真っ当な疑問だと思うが、ちょっと規則に違反しただけの冒険者一人にそこまでするのはやり過ぎじゃないですかね」
「お前の暴力性は野生のモンスターと同じようなもんだからな。どうやら特別待遇らしいぞゼット」
「連中の私怨入ってるだろ、絶対」
「そう思うなら今後は問題行動をしないように心がけるんだな」
「それが出来たらこんな状況になってないが?」
「自分で言うのか……。ま、これは元パーティのよしみの親切心と、お前に余計な恨みを買うと面倒な俺自身の為にも警告してるんだぜ。こればっかりは素直に聞いた方が良い」
「ぐぅ」
自分の言動を全て先読みされ完全に八方を塞がれたゼットは、もはや苦い顔でぐぅの音を出す事しか出来なかった。
そんなゼットを横目に、ヴォルフは「さて!」と話を切り上げるようにゼットの前を通り過ぎて部屋のドアを開けると、最後に振り返ってゼットへ声を掛けた。
「あとはお前が駄々をこねようがこねなかろうが今日出ていく事は決まってるから、俺はこれ以上お前の意味のない懇願を聞かなくて済むように他のメンバーと待ち合わせてる居酒屋に行くぜ。ってことで、じゃあなゼット!借してる金は今度返せよ!」
言うだけ言うと、ヴォルフはゼットの反応さえ見届ける事なく軽い足取りで部屋を出た。
「ひゃっほー!!俺たちパーティの明日に乾杯だ!」
そんな陽気なヴォルフの声が、廊下からゼットの取り残された室内まで聞こえてきた。
「…………」
項垂れるように顔に影を落とし、無言でヴォルフが手渡して去った紙切れを握るゼット。
「…………」
「…………」
「…………」
そして暫くの静寂の後、ゼットは一人ポツリと呟いた。
「………………赦さん」
────復讐してやるッッッ!!!
2年以上尽くしたパーティメンバーからの手酷い裏切り。
そして人生最大の屈辱を浴びせられたゼットは、元パーティへの復讐を固く誓うのだった────
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