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14歳のおうちカフェ

作者: 天野つばめ

拝啓 24歳の私へ


 通学路の紫陽花が綺麗な季節になりました。おばあちゃんの家の近くでは蛍が飛び回っているそうです。今年も、おばあちゃんの家には行けません。


 24歳の私は、元気ですか?バレーボール部のみんなとは今も仲良しですか?旅行には行けるようになりましたか?毎日楽しいですか?お休みの日は何をしていますか?新しいことに挑戦していますか?


 学校の先生は「新しいことに挑戦しましょう」なんて言うけれども、2022年はあたらしいことを始めるには、ちょっと厳しい時代です。ようやくできるようになった部活も、また禁止令が出てしまいました。寄り道も、土日に友達と遊ぶことも、「密」になってしまうからという理由で、校則で禁止になりました。


 そんな2022年ですが、SNSでは「おうちカフェ」が流行っています。カフェにいけない代わりに、おうちでおしゃれなカフェのような写真を撮って、モデルさんたちが投稿しているのをよく見かけます。


 私も、梅雨のじめじめした気持ちを振り払うべく、このたびめでたく「おうちカフェ」をグランドオープンしました。モデルさんほどはキラキラしていないかもしれないけれど、自分なりにこだわりを持って開店しました。お客さんは私1人だけれども。


 コーヒーは夜中の試験勉強の時に飲んでいる缶コーヒーじゃなくて、豆から淹れてみました。お父さんがいい香りのブレンドコーヒーを買ってきてくれて、淹れ方もこの間教えてくれました。


 最近買ったワッフルメーカーで作ったワッフルには、バニラアイスとブルーベリージャムを添えて。ワッフルって、ホットケーキミックスで簡単に作れるんですね。


 BGMはオルゴール。一番好きな歌です。小学校5年生の時に好きだったアニメの主題歌のオルゴールアレンジ。オルゴールは、6年生の時に家族旅行で行ったオルゴール博物館のお土産に買ったものです。


 少し前の音楽を聴いていると、その曲にまつわる昔の思い出が甦ることがありませんか?聴覚は視覚よりも、記憶のスイッチに直結しやすいみたいです。でも、嗅覚はもっと遠い記憶を呼び覚ましてくれるようです。


 コーヒーの香りをきっかけに思い出したんです。ゆらめく湯気の向こうに、幼い日の私とおばあちゃんが見えた気がしたんです。4歳くらいの頃でしょうか。おばあちゃんといっしょに、ホットケーキを作って食べていました。私はオレンジジュース、おばあちゃんはブラックコーヒーを飲んでいました。おばあちゃんが飲んでいたコーヒーの香りを思い出したんです。


「ねえ、おばあちゃん。何を飲んでいるの?とってもいい香り。私も飲んでみたい」


「これはね、コーヒーっていうのよ。大人の飲み物だからまだちょっと早いかな?」


「ええ、私もう4歳だからお姉さんだもん。一口ちょうだい」


おばあちゃんから一口もらったコーヒーは当然のように苦くて、私はびっくりしてしまいました。


「苦いよぉ。甘い方が絶対おいしいよぉ」


「あらあら、でもケーキは甘いでしょう?だから、苦い飲み物が合うのよ。大人になったら分かるわ」


 おばあちゃんの言葉が鮮明に甦るとともに、私がどんな子どもだったかも思い出したんです。4歳の頃の私の夢は、ケーキ屋さんでした。好き嫌いが激しくて、お母さんを困らせていました。魔法少女アニメが大好きで、誕生日にはいつもアニメのおもちゃをほしがりました。自分の好きなものに正直でした。


 おばあちゃんが言っていたとおり、甘いお菓子には苦いコーヒーが合うことが分かるくらいには大人になったけれど、大人になるにつれて周りの顔色をうかがうようになりました。好きなものを素直に好きというのも難しくなりました。ブラックコーヒーが好きだと言えば「中二病」、SNSに写真を載せれば「インスタ蝿」、昔のアニメの話をすれば「陰キャ」と言われてしまう教室という小さな世界で、私は周りの人の真似をしながら生きています。自分の本当に好きなものが何かなんて言えないです。


 でも、初めて自分でじっくり淹れたコーヒーを飲みながら昔のことを思い出していたら、好きなことに正直になれないなんて自分の人生じゃないよねって思えたんです。4歳の時はケーキ屋さんが夢だったけど、今の私はオーブンでスポンジケーキを焼いてクリームとフルーツでデコレーションして・・・・・・なんて芸当はできません。今の夢は学校の先生になることです。食べ物の好みも変わりました。あの頃好きだった魔法少女アニメの主人公の名前ももう忘れてしまいました。でも、好きだった事実は変わらないんです。


 コーヒーを飲みながら、おうちカフェの閉店時間が来たら24歳の私に絶対に手紙を書こうと決めたので、今こうして手紙を書いています。24歳の私に願うことは一つだけ。


「好きなことに正直に生きてください」


 好きなことは時代の流れで制限されてしまうかもしれません。周りから馬鹿にされるかもしれません。でも、自分の気持ちは大切にしてください。好きなものが変わることは、自然の摂理かもしれないです。でも、変わっていく気持ちも含めて大切にしてください。24歳の私にとっての「今」好きなものを大事にして、それを愛する自分ごと愛してください。


 今日の1杯が、10年後の私の「何か」を変えられることを願って。


敬具 14歳の私より



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