第4話:新鮮なお肉
温かい夕食を終えた3人と1匹はリュックから寝袋を取り出し、それぞれにその寝袋の中に入っていく。しかし、1名だけが頬を引きつらせながら、寝袋の中に入るのを躊躇してしまう。
「あの……。確か、別行動をしようと言ってました……よね?」
「そのつもりだったですニャン。でも、あちきの身体が火照って、この熱を寒そうにしているアンドレイ様にお届けしなければならないと思ったまでですニャン!」
七忍の御使いであるミサ=ミケーンは気配を消して、こっそり、アンドレイ=ラプソティたちの後ろをぴったりと追ってきていた。そして、衣服を一切纏わぬ、あられもない姿で、アンドレイが入り込もうとしていた寝袋に音も無く潜り込む。彼女の頬は紅く染まっており、ハァハァ……と発情期の雌犬のように吐息を口から漏らしていた。
アンドレイ=ラプソティは眉間に人差し指と中指の先を当て、少しばかり考え込む。
「ん? どうしたんだ、アンドレイ。こんな雪山で夜更かしは厳禁だぞ?」
「いえ。ちょっとしたトラブルがありまして……。ミサ殿がこっそり後を追いかけてきたようです」
「ああん? 俺とお前が気配を察知できなかっただと? そんなバカなことがって、本当にバカがいやがった!」
ベリアルが寝袋の中で寝返りを打ち、アンドレイ=ラプソティの方を見る。すると、アンドレイ=ラプソティの胴周りに両腕を絡ませている全裸の半猫半人がいた。ベリアルはチッ! うらやましいこと、この上無いぜっ! と捨て台詞を吐き、またもや寝返りを打ち、そのまま就寝してしまう。
アンドレイ=ラプソティとしては、この状況をベリアルに何とかしてほしかったのだが、付き合ってられるかという雰囲気をバリバリだしているベリアルに対して、何も言えなくなってしまう。
「さあさあ! 早く寝袋に入ってくださいニャン! あちきの肉布団は暖かくて、気持ち良いことを保証しますニャン!」
「でも、エッチなことは禁止です。雪山で体力を温存するのは、言わば常識ですからねっ!?」
アンドレイ=ラプソティは半ばヤケクソ気味に、寝袋の中へと入っていく。大人2人が入り込むのには窮屈過ぎた。そのため、嫌でもミサ=ミケーンと身体を密着しなければならなくなる。彼女の身体の凹凸を存分に味わいながらも、アンドレイ=ラプソティは無理やり、眠りの底へと落ちていくのであった。
アンドレイ=ラプソティたちが眠りについてから8時間後、皆よりもいち早く起きたアリス=アンジェラが重いまぶたをこすりながら、寝袋から這い出る。そして、座ったまま、大きく背伸びをし、身体の凝り固まった筋肉をほぐす。
「コッシローさん、おはようございマス。コッシローさんを抱き枕にしたおかげで、身体がポカポカなのデス」
「それは良かったのでッチュウ。じゃあ、我輩は役目も終えたということで、もう少し、惰眠を貪らせてもらうのでッチュウ」
コッシロー=ネヅはアリス=アンジェラからおはようの挨拶をもらいながらも、まだ眠っていたいと主張し、寝袋から出した頭をまたしても、寝袋の中へと仕舞いこむ。アリス=アンジェラはそんな可愛らしいコッシロー=ネヅを見送った後、ゆっくりと立ち上がり、この横穴の奥へと視線を送る。
アリス=アンジェラはこの横穴の奥の先はどうなっているのだろうか? という好奇心を抱くことになる。しかしながら、それよりも、皆の分の朝食を準備するほうが先だと思い、キャンプセットをごそごそと漁り始めるのであった。
コンロに神力を用いて、火を灯す。そして、そのコンロの上に金属製の鍋を乗せて、さらにはその鍋に水を張る。まな板の上で野菜をトントントンと軽快な音を立てながら、手刀で切り分け、鍋の中へと放り込む。
「う~~~ん、良い塩梅なのデス。あとは干肉と味噌を突っ込めば、根野菜とお肉のごった煮の完成デス。でも、もう少し具材が欲しいと思ってしまうのは贅沢なのでショウカ?」
アリス=アンジェラは隠し味に何かもう1品無いかと、キョロキョロと視線を動かし、辺りを見渡す。しかし、他に鍋に突っ込んで、皆の驚きを誘える何かを見つけることは出来なかった。そんなアリス=アンジェラが視線を飛ばした先には真っ黒な穴があった。横穴の奥にはいったい、何があるのだろうか? という好奇心がますます強まっていく。
「ここが雪狼の巣だったら、新鮮なお肉が手に入るんですケド……。そんな都合の良いことなんて、あるわけないですヨネ……」
アリス=アンジェラはひょっこり、穴の奥から雪狼が姿を現してくれることを願った。しかし、彼女の願いに似た想いは半分当たり、半分外れてしまう。彼女の眼の前にのろのろとした動きをしながら現れたのは、幼竜であったからだ。
「あれ? あれれ? こんなところにベビー・ドラゴンが現れたのデス。これは、鍋に突っ込めという創造主:Y.O.N.N様からの天啓なのでショウカ?」
アリス=アンジェラは鍋に自ら近づいてきた幼竜の尻尾を右手で掴み、宙吊りにしてしまう。そして、少し考えた後、なんと、その幼竜をそのまま鍋の中へと突っ込んでしまうのであった。幼竜はピギャーピギャー! と鳴き叫ぶことになるが、アリス=アンジェラは鍋に蓋をして、その幼竜をグツグツと煮てしまうことになる。
「ああ……。良い匂いがしやがる。こんな良い匂いがする肉を買ったっけ?」
ベリアルは匂いに誘われ、寝袋を身に纏ったままの姿で、コンロへと身体を近づけていく。アリス=アンジェラはベリアルに対して、ニッコリと微笑み、創造主:Y.O.N.N様が新鮮なお肉をボクたちに送り届けてくれましたと言ってのける。ベリアルは創造主という名を聞き、不愉快そのものの顔つきになってしまう。
そんなベリアルに対して、アリス=アンジェラは鍋の蓋を開け、どんな肉なのかをベリアルに教えるのであった。当然、ベリアルはびっくり仰天とした顔つきになり、寝袋に入ったまま、その辺をのたうち回る。ベリアルが騒ぎを起こしたために、寝袋でまだ就寝中であった、他の面々もようやく目を覚ますことになる。
「あの……。アリス殿。この子はただ、お腹を空かせて、何かおすそ分けしてほしくて、アリス殿に近づいてきただけだと思いますよ?」
「えっ!? そうなんデス!? 創造主:Y.O.N.N様からの御恵みでは無かったのデス!?」
「アリス嬢ちゃん……。こいつが竜じゃなかったら、鍋の中で死んでいたぞ……」
「チュッチュッチュ。本当に竜で良かったのでッチュウ。並の生物なら、とっくに茹蛸になっていたのでッチュウ」
「この娘、想像以上にやらかしてくれますニャン。アンドレイ様の気苦労が絶えなかったのが、容易に想像できますニャン!」
一同は、アリス=アンジェラのやらかしに対して、ため息をついたり、やっぱりさすがはアリス嬢ちゃんだっ! と褒めているのかけなしているのかわからない賛辞を贈る。アリス=アンジェラは気恥ずかしそうに、両手の指をモジモジと絡めるしかなかった……。