第3話:2人の罪
「うわっ……。さすがのアリスもドン引きなのデス……。メシア派は狂信者ゆえに、アリスは手加減の一切をしてきませんでしたけど、腹違いと言えども、血を分けた兄弟デスヨ?」
「アリス嬢ちゃん。これが純血の天使の悪癖だ……。自分が正義だと思えば、行った行為全ても正義にしちまう悪人だっ!!」
「シャラーーープッ!! アリス殿にドン引きされるのは100歩譲って、許しますけど、七大悪魔に悪人呼ばれされる筋合いはありませんっ!」
次代の王の首級を左手に持ったまま、レオン=アレクサンダーは父王の前に進み出る。父王は半狂乱となり、あの愚か者を討ち取れと、王の間に集まる貴族たちに命令する。しかし、誰一人、王の言葉に耳を貸す者は居なかった。それほどまでに、マケドナルド王国は他国から苦渋を飲まされてきた。そして、王が代わる度に、領土を失ってきたのだ。
これ以上の他国との弱腰外交を認めることなど、マケドナルド王国の貴族たちには出来なかったのだ。国王が他国に譲歩すると言うことは、貴族たちが真っ先にその損害を被る。そして、その失った自分たちの領地を取り戻してくれるのは、他でも無い、レオン=アレクサンダー様だったのである。彼の守護天使であるアンドレイ=ラプソティは、ベリアルの言う通り、『悪人』そのものであった。だが、マケドナルド王国の貴族たちにとっては『善人』そのものである。
ここが歴史の面白いところである。他者の眼から見れば、確かにアンドレイ=ラプソティは『悪人』である。しかし、当事者目線で見れば、アンドレイ=ラプソティとレオン=アレクサンダーが結託することは、『望まれた』ことなのである。そして、ひとびとに望まれてやる行為は即ち『正義』なのである。ヒトの視点や立ち位置で、『正義』と『悪』は入れ替わると言って良い事例でもあった。
「ボクは何が正義で、何が悪なのか、わからなくなってきまシタ」
「チュッチュッチュ。人々が望むのであれば、それは善であり、正義なのでッチュウ。さすがはアンドレイ様なのでッチュウ。ベリアル以上に、口車に乗せられないように注意を払っておくのでッチュウ」
「なあ、言ったろ? 悪魔の方がよっぽどマシだって! ほら、アリス嬢ちゃん、我輩と契約して、堕天しようぜ!?」
「シャラーーープ!! アリス殿には立派な天使になってもらうのです。ベリアルはことあるごとに難癖つけて、アリス殿を堕天させようとしないでください!」
ベリアルからの余計なツッコミをもらいつつも、アンドレイ=ラプソティは話を続ける。何故、アンドレイ=ラプソティがこの話を続けるかと言えば、一番に、アリス=アンジェラがその手で回収した天命の持ち主がどんな人物かを知ってほしいからである。アリス=アンジェラがレオン=アレクサンダーから天命を回収するように命じたのは、創造主:Y.O.N.N様である。
それゆえに、アリス=アンジェラは『悪』では無い。だが、それでも、アンドレイ=ラプソティにはアリス=アンジェラに知ってほしいのだ。レオン=アレクサンダーがどんな人物であったのかを。さらには、考えてほしいのだ。アリス=アンジェラにも『自由意志』が与えらえている意味を。ただ命じられたままに、その意味を考えずに実行するのは『愚か者』なのだ。アリス=アンジェラは『賢者』にならなくてはならない。
しかし、アンドレイ=ラプソティは、この時点では気づきもしなかった。創造主:Y.O.N.N様がアリス=アンジェラを本当はどうしたいのかを。それがアンドレイ=ラプソティの不幸であり、アリス=アンジェラにとっては幸せそのものであると、アンドレイ=ラプソティ自身が知るまでに、まだまだ時間がかかったのである。
話を戻そう。アンドレイ=ラプソティはあの頃を懐かしみながら、レオン=アレクサンダーの奇行をアリス=アンジェラたちにくどくどと解説していく。雪中行軍を行い、次代の王を討ち、さらには父王を追い詰めたレオン=アレクサンダーはさらにその行動を速めていく。
玉座で崩れ落ちていく父王を前にしたレオン=アレクサンダーは、首級だけで、自分の守護天使に命令を出す。命令を下された守護天使は、両手の上に載せられた紫の布のさらに上に載せられた黄金色に輝く鞘に収まった短剣をずずいと父王の前に差し出す。この意味を知った父王は怒り狂い、守護天使が捧げてくる短剣を奪うように手に取り、さらには黄金色の鞘から短剣を抜き取る。
「レオン! 貴様はわしを越えていくが良いっ!」
「父上。見事なりっ!」
父王であるルクス=アレクサンダーは両手を用い、逆手にその短剣の柄を握る。その短剣が割いたのは、レオン=アレクサンダーでもなく、彼の参謀である守護天使でも無かった。父王は自分の見識の甘さを呪ったのだ。そして、間違いを犯した者には罰を与えねばならない。父王は息子の前で、散々に自らの腹奥に向かって、その短剣を深々と突き刺していく。
その姿を哀れに思ったのか、息子は腰の左側に佩いた鞘から銀色に輝く長剣を抜き出す。そして、これ以上の苦しみを父王に与えてはならぬと、父王の横に立ち、父王の首級を叩き落とすのであった。
「父殺しの罪は俺が背負った。だが、この罪は2人でわかちあわねばならぬ。この長剣を帯刀せよ、アンドレイ=ラプソティ!!」
「ははっ! これより、レオン=アレクサンダー様には覇道を進んでもらいます! 今日この日、この場から、一睡も出来ぬことを御覚悟なさいますようにっ!」
「異母弟をこの手にかけ、さらには父を殺めたことは後々も、俺をさいなませてくれよう……」
ここで、アンドレイ=ラプソティのレオン語りは一度、止まることになる。アンドレイ=ラプソティは聴衆たちから、控えめな拍手をもらう。アンドレイ=ラプソティはニコリと微笑み、要らぬ一言を彼らに告げる。
「うわあ……。レオン=アレクサンダーは最悪デスネ。不眠症になるかと思えば、三日後にはグースカピースカ、鼻提灯を作って爆睡デスカ!?」
「チュッチュッチュ。さすがは『覇王の天命』を創造主:Y.O.N.N様から授かっているだけはあるのでッチュウ。天使でも、そこまで図太い天使は早々にお目にかかれないでッチュウよ?」
「なるほどなぁ。うちの大将が、レオン=アレクサンダーを魔人にしようか、アンドレイ=ラプソティを堕天させようか、どうしようか悩んでいたのも頷けるエピソードだわ」
「かなり引っかかることをベリアルが言っていますけど……。私を堕天させようとしていたのは、実はもののついでだったりしたんです?」
「いんや。両方とも、魔界に招待しようとしてたぜ。だが、それよりも先に動いたのが、創造主:Y.O.N.Nだ。あの時点でアンドレイが堕天しかけたのは、こっちとしてはもらい事故だ。創造主:Y.O.N.Nの面目躍如と言ったところなのか……」