第5話:男の背中
ベリアルたちとカゲツ=ボーリダック親子は酒場で意気投合した後、カゲツ=ボーリダックの勧めで温泉付きの宿屋に泊まることになった。その宿屋の温泉からあがったアリス=アンジェラとユーリは脱衣所で『浴衣』と呼ばれる独特の服装に着替え、外へと出る。そこでばったりとベリアルたちに出くわすことになる。ベリアルはまるで姉妹のように仲良く手を繋いでいるアリス=アンジェラとユーリを見て、思わずにっこりと微笑んでしまうのであった。
「どっちが姉でどっちが妹かわからんなっ!」
「それはボクとユーリの胸を見比べてのことですね? 眼から光線なのデス!」
「失礼な方なのです。アリスお姉様はそりゃ断崖絶壁かもしれませんけど、これはこれで貴重なのに。それがわからないおじさんにはアリスお姉様の素晴らしさなんて、これっぽちもわかりませんの」
アリス=アンジェラとユーリは仲良く手を繋いだまま、その場を後にする。残された面々はちょっぴり焦げてしまったベリアルをナムナムと拝むのであった。ベリアルはちりちり天然パーマとなってしまった髪の毛をボリボリと掻きながら、いやあ、口がつい滑っちまったと、まったくもって反省の色を見せることはなかった。アンドレイ=ラプソティたちはやれやれ……と嘆息しつつも、飲み過ぎた分を温泉の湯で洗い流そうと、男湯に入っていくのであった。
そこからは男同士のおちんこさん自慢が始まるのは至極当然であったとも言えよう。ベリアルは脱衣所で瞬く間にすっぽんぽんになると、自慢のおちんこさんをぶるんぶるん震わせながら、肩で風を切りつつ、風呂場へと入っていく。アンドレイ=ラプソティは腰にタオルを巻きつつ、なんであんな正々堂々と自分のおちんこさんを自慢するかのように、風呂場へ入って行けるのだろうか? と不思議に思ってしまうのであった。
身体を軽く湯で洗い流した後、ベリアルは湯舟に肩までどっぷり浸かり、さらには足を投げ出してみせる。湯舟の縁の岩に首と肩を預け、まさに怠惰の権現様、ここにありとばかりの態度を取ってみせる。
「ベリアル。先に身体をしっかり洗ってから、湯舟に浸かるのがマナーです」
「うっせえ。湯で軽く身体を洗い流しただけでも、まだマシだと思えっての」
「まあ、そのまま湯舟に飛び込むよりかは100倍マシでっチュウけど……。アンドレイ様、お背中、流しましょうか?」
アンドレイ=ラプソティは身長180センチュミャートル近くある。いくら風呂椅子に座っているからといって、今の省エネモードのコッシロー殿に洗ってもらえるほど、狭い背中でもない。どうしたものかと逡巡するが、せっかくの御好意に甘えないわけにもいかない。結局、アンドレイ=ラプソティはコッシロー=ネヅに背中を洗ってもらうことにする。
コッシロー=ネヅは器用なことに、背中から天使の羽根を生み出し、宙に浮きながら、アンドレイ=ラプソティの背中をゴシゴシと洗いだしたのだ。誰かに背中を預けるのは、戦場でも風呂場でも心地良いものだ。アンドレイ=ラプソティは、あ~~~、そこそこ……と、コッシロー=ネヅにタオルで特に擦ってもらいたい部分を言い出す。
「存外に広い背中なのでッチュウ。アリスちゃんとは比べ物にならないのでッチュウ」
このコッシロー=ネヅの発言を耳で拾ったベリアルは、頭の中に沸いた疑問を、コッシロー=ネヅにそのまま伝える。コッシロー=ネヅは訝し気な表情でベリアルに返答し始める。
「また、眼から光線で焼き払われたいのでッチュウ? そりゃ、どっちが前か後ろかわからないアリスちゃんでッチュウけど、ああ見えても年々、成長しているのでッチュウ」
「さすがはアリスちゃんの守護天使でッチュゥーーー! と声高らかに宣言することはありやがる。アリス嬢ちゃんのことは常に監視しているのか?」
「監視とは失礼でッチュウね。今はもう、温かく見守っている程度に過ぎないでッチュウ。アリスちゃんは危なっかしいところはあるけど、ひとりの立派な淑女なのでッチュウ。我輩が逐一何か言わなきゃならない歳ではないのでッチュウ」
コッシロー=ネヅは言うべきことは言ったとばかりに、満足気な表情になっていた。そんなコッシロー=ネヅを微笑ましく思ったアンドレイ=ラプソティは桶に入ったお湯をコッシロー=ネヅの背中に軽く被せて、次は私がコッシロー殿の背中を洗いますよと言い出すのであった。
コッシロー=ネヅはこちらに振り向いてきたアンドレイ=ラプソティに対して、お尻を向ける。そして、気持ち良さそうな顔をしながら、アンドレイ=ラプソティの接待をその背中に受けるのであった。
身体を洗い終えたアンドレイ=ラプソティとコッシロー=ネヅは交代するかのように、ベリアルと位置を交換するのであった。ベリアルはふんふんふん~~~と鼻歌を鳴らしながら、ゴシゴシと泡だらけのタオルで全身をくまなく洗っていく。見るべきものもないアンドレイ=ラプソティとコッシロー=ネヅの視線は自然とベリアルの方へと向く。
「コッシロー殿。ベリアルのおちんこさんがでかすぎる気がするのですが?」
「それは我輩も思っていたところでッチュウ。あんなの眼の前でまざまざと見せつけられた日には、男でもお尻が濡れてきそうでッチュウね」
「さすがにお尻は濡れませんよ。何を言っているんです??」
アンドレイ=ラプソティとコッシロー=ネヅは身体を洗っているベリアルを見ているのだが、そのベリアルと言えば、大人しく風呂椅子に座りながら、身体を洗うことはせず、まさに股間の棍棒を見せつけるかのように2本の足を用いて洗い場で立ち、その姿勢で身体を洗っていたのである。
「あーーー。ベリアル。ご自慢のその棍棒が私の眼に入らないようにしてくれませんか?」
「あああん? 普通なら拝観料をもらうレベルのおちんこさんを無料で見せてるんだ。丁重に敬え。平伏しろ。そして、世のひとびとに我輩のおちんこさんのことを言い振らせ」
アンドレイ=ラプソティは何だか頭痛がしそうであった。ベリアルと同じことを言っている人物を思い出してしまったからだ。しかしながら、その人物はベリアルのように自分で自分の身体を洗っていたわけではない。
その人物の名は、レオン=アレクサンダーであった。彼は神聖ローマニアン帝国を征服し、さらには神聖マケドナルド帝国と改名した後、調子をこくようになった。日中から女や男の娘たちを侍らせ、さらには大理石が敷き詰められた大浴場では、大欲情を発揮したのである。
女や男の娘たち相手に仁王立ちし、自分の身体を洗わせた。しかもタオルなぞ使わせない。素手に石鹸の泡を絡ませて、その手を用いて、全身くまなく洗わせたのである。その時の満足気なレオン=アレクサンダーを叱り飛ばしたのは、他でもない彼の守護天使であるアンドレイ=ラプソティであった。
「まったく……。嫌なことを思い出させてくれます。男という生物は何故に、おちんこさんのサイズそのものと同じくらいに自尊心を高めてしまうのでしょうか?」
「その気持ちがわかりたかったら、お前も俺のおちんこさんと同程度のサイズになれば良いぜ? 心の奥底からどうしようもなく、自信が溢れ出してくるんだわ、このサイズともなるとなっ!」