第2話:七忍の御使い
「1000忍斬りのアンドレイって……。ぷふっ! 名誉な異名じゃねえかっ!」
「ちょっと、アリス殿の前で言わないでください。変な意味で取られたら、私の威厳が底打ちしますよ!?」
「……? そんなにおかしな異名デスカ? ひとりで1000人も斬り伏せたのでショウ?」
「そりゃ、腰に履いている長剣で斬り伏せたんだろうから、名誉そのものよっ! いや、反り具合から言わせれば、三日月刀?」
「いい加減にしないと怒りますよ? 股間の三日月刀で斬り伏せたのは、せいせい両手で数えれるほどです」
アンドレイのその言いに、クハハハハハッ! と盛大に笑うのがベリアルであった。暗殺者は別名『忍』とも呼ばれる。そして、忍の中でも女性は『くノ一』とも呼ばれた。アンドレイ=ラプソティはその『くノ一』たちを殺すのは忍びないと、股間の三日月刀で懐柔してきた経歴持ちであった。
そもそも、餅は餅屋という言葉があるように、レオン=アレクサンダーを暗殺しようとする者たちを防ぐ集団を必要としたのだ、レオン=アレクサンダーの守護天使は。そして、暗殺者たちを殺すのに最適なのが『忍』たちなのである。金で雇われる『忍』たちはとにかく金にうるさい。それゆえに、依頼者の倍の金を出すと言われて寝返ったとしても、彼らに咎は無い。そもそも金の多寡でどちらにでも転ぶ相手なのだ。
ならば、その金で転ぶ相手を確実に味方に引き込むにはどうすれば良いのか? 答えは簡単だ。金以外の利益を与えれば良いのだ。それが『情』なのである。アンドレイ=ラプソティは男の忍は腰に佩いた長剣でことごとく斬り伏せたが、『くノ一』の一部は、腰の三日月刀で懐柔したのである。
そして、アンドレイ=ラプソティの腰の三日月刀によって、懐柔された『くノ一』たちは、別名『七忍の御使い』と呼ばれるようになる。その七忍はさまざまな人種で構成されており、レオン=アレクサンダーはついにアンドレイ=ラプソティも直々の部下を手に入れたのかと賞賛したが、アンドレイ=ラプソティはこの『七忍の御使い』のことを、自分の恥部だと恥じたのである。
「逃げろっ! 全速力で逃げろっ! アンドレイ様に逆らうなっ!?」
「お頭ぁぁぁ! 俺の腕がぁぁぁ!」
「足が無いっ! 俺の足があんなところに転がってるぅぅぅ!」
衛兵隊長はこの場から逃げるようにと、部下たちに指示を飛ばす。しかし、その前に濃い影がアンドレイ=ラプソティの背中から飛び出したとか思った瞬間、アンドレイ=ラプソティに向かって、槍の穂先を向けていた衛兵たちの手足が宙を舞い、ドサッドサッ! という音と共に、草地の地面に転がることになる。
「ほぅ……。存外にやる。さすがはアンドレイが見込んだ忍なだけはあるなっ」
「感心されても困るんですが。ミサ殿。何時、私があなたの助力を請いました!?」
「ふふ~~~ん。アンドレイ様に危害を及ぼそうとしているのですニャン! あちきがアンドレイ様のために危険を排除するのは当たり前ですニャン!」
忍装束に身を包んだ半猫半人の女性が褒めて褒めてとばかりにアンドレイ=ラプソティに纏わりつく。しかし、そんな彼女の右手には紅く染まる短剣が握られていた。その紅く染まる短剣を憎々しく見るしかなかったアンドレイ=ラプソティは本日3度目となる嘆息を吐くしかなかった。
「あのぉぉぉ。どちら様なのデス? ボクがまともに見えるくらいに物騒な方ですケド?」
「貴女は貴女で十分、物騒ですよっ! ああっ! ツッコミ疲れましたっ!」
「ツッコんでぶっ放すなら、あちきの膣奥にお願いしますニャン! 奉公には御恩をっ! 忍は無料で働いてはいけない掟ですニャンっっっ!」
アンドレイ=ラプソティはついにがっくしと両肩を落とすしかなかった。神聖マケドナルド帝国に近づけば近づくほど、彼女たちが合流してくれるのは自明の理であった。だがしかし、それにしてもトルメキア王国とクロマニョン王国の国境で、ミサ=ミケーンが合流してくるのは計算違いであったのだ。
関所を護る衛兵たちは、アンドレイ=ラプソティたちが言い合いをしている間に、全員、逃げてしまっていた。残された乗り合い荷馬車の面々は、どうしていいものかわからず、その場で立ち往生するしかなかった。
「乗り合い荷馬車の御者が困っています。すみません、私たちを置いて、先に進んでも良いですよ」
「そ、そりゃそうしたいが、この関所で大暴れしたことは、すぐにクロマニョン王国中に知れ渡ることになっちまうよ。あんたたちを置いていったら、逆にどうしたら良いかわからなくなっちまう……」
御者が言うことはもっともであった。自分たちは巻き込まれただけだと主張しようにも、暴れた張本人たちがどこかに雲隠れしてもらっては、それはそれで困るのであった。ここまで来たら旅は道連れなのである。御者は何としても、この6枚羽の熾天使様と同行せねばならない事情が出来てしまったのである。
それを察したアンドレイ=ラプソティはベリアルに無言で目配せする。ベリアルは『怠惰』の権現様である。しかしながら、生来からの面倒くさがりであるが、この騒動の火種となったアンドレイ=ラプソティと同行すれば、あちらから騒ぎがやってくる。こんな楽しいことに巻き込まれずにいられるはずの無いベリアルは満面の笑みで、うんうんと首級を縦に振るのであった。
「おう。何かあったら、我輩とアンドレイ=ラプソティ様が何とかしてやるっての。あんたは大船に乗ったつもりで、荷馬車をクロマニョン王国の大きな都市へと向かってくれやっ!」
「へ、へえ……。何かありましたら、全ての責任をそちらにおっかぶせますからね!?」
御者は荷馬車の荷台部分に、アンドレイ=ラプソティたちが全員乗り込んだのを確認すると、御者台に上り、荷馬車と結ばれている馬たちに鞭を入れる。関所の門をくぐり、後ろを振り向いたアリス=アンジェラは、思わず首級を傾げてしまうことになる。
「ベリアルがハリボテと言っていた意味がようやくわかったのデス。アリスは見た物の印象をそのままに受けすぎていたのデスネ」
「おうよ。ガワだけ取り繕っていただけだぜ。んで、大きな街道を塞ぐようにしてはいるが、普通、こんな開けた場所に建てるわけもねえ。壁も適当な造りすぎる」
ベリアルの言う通り、トルメキア王国側から見れば、立派な石造りの門と背は低いが石造りの壁が南北に続いているように見えた。しかし、いざ、くぐり抜けてみれば、木製の足場が剥き出しになっている。まさにクロマニョン王国がどんな国なのかを象徴するにふさわしい関所であったのだ。