第5話:アリスの肉付き
純血種であるヒューマノイド、エルフ、ドワーフたちの中には、亜人たちがこの地上界に現れた頃から、その亜人たちを嫌う者たちが少なからず居る。亜人は『混ざり者』であるゆえに、特に純血種のヒューマノイドよりかは遥かに身体能力が高い。それゆえに、亜人はその数と出来る職を増やしていったのだが、これが純血種のヒューマノイドには面白くない。政治から排除するだけでは事足りず、一般生活においても、亜人排除の活動を続けてきた。
その活動に火を付けたのが救世主とその信奉者たちであった。聖地:エルハザムとは違い、トルメキア王国では亜人を殺してでも排除を行う気概を持った者は少なかったのは幸いであった。しかし、日々の衝突が繰り返えされることで、生来、大人しいはずである亜人たちも堪忍袋の緒が切れそうになっていた。
その亜人たちの留飲を下げたのがベリアルたちであった。今、ベリアルはこの場には居ないが、代わりにアリス=アンジェラが居る。彼女が光って唸る右の拳で救世主派たちを次々と大空の彼方へとぶっ飛ばした。その光景を食品販売地区の皆が見ていた。
「そんなに褒めないでくだサイ。アリスは調子こきなのデス」
「いやいや。貴女の勇壮さには皆、勇気づけられました。どうぞ、これも美味しいので、ひとつ如何ですかい?」
「ありがとうございます! うわぁ……、ほっぺたが落ちそうなのデスゥゥゥ」
アリス=アンジェラが屋台に並ぶ肉加工食品をひとつ、皿ごと手渡されると、アリス=アンジェラはフォークを器用に使う。それを細かく切って、肉片をフォークの先で突き刺し、口の中に運ぶ。肉汁とソースがバランス良く絡み合い、アリス=アンジェラは満足気な表情でそのハンバーグを食べるのであった。
アンドレイ=ラプソティはアリス殿が上手くここの店主に乗せられているなと思ってしまう。アリス=アンジェラが口に食品を運ぶにつれて、アンドレイ=ラプソティは彼女に代わり、その代金を店主の半狼半人の手に乗せていく。
店主は毎度あり! と笑顔。アリス=アンジェラは美味しいのデス! と笑顔。ウィンウィンの関係とはまさにこのことだ。アンドレイ=ラプソティの財布が軽くなっていくのは別として。そして、アリス=アンジェラが気分良く食べていれば、それに参加するのがコッシロー=ネヅである。コッシロー=ネヅはアリス=アンジェラが手に持っている皿から、我輩にも食べさせてほしいと願い出る。
「コッシローさんはコッシローさんで頼めばいいじゃないデスカ」
「チュッチュッチュ。アリスちゃんが毒見役で、我輩が毒見が済んだモノをいただくという寸法でッチュウ。そして、アンドレイ様が代金を支払う。これこそ永久機関の完成なのでッチュウ」
「ったく……。これのどこが永久機関なんですか? 私の財布がどんどん軽くなるだけですよ?」
アンドレイ=ラプソティはそう言うが、アンドレイ=ラプソティが持っている財布は魔法の財布であり、神聖マケドナルド帝国の国庫と直結していたのである。さすがはエイコー大陸の西半分を征服しかけていただけはあり、アリス=アンジェラとコッシロー=ネヅの両名がこの屋台の残り物全てを腹の中に収めても、神聖マケドナルド帝国の国庫が空になることはまったく無かった。
財布が空になる心配が無いので、アンドレイ=ラプソティはアリス=アンジェラとコッシロー=ネヅにどんど食べておきなさいと言う。しかしながら、アリス=アンジェラが持つフォークがぴたりと止まってしまうことになる。
「ボクを肥え太らせて、そのボクを美味しくアンドレイ様が食べる気満々なのデス……。アリスはこのお誘いに乗って良いんでしょうか?」
「え、えっと……?」
アンドレイ=ラプソティは返事に困ってしまうことになる。アリス=アンジェラを食べるとは、食欲のことではなく、性欲という意味での食べるが当てはまる。アリス=アンジェラはたまにこのようにアンドレイ=ラプソティが返答に困ることを言ってくるが、それに乗るのは自分で無い気がしてたまらない。困り顔のアンドレイ=ラプソティに代わり、コッシロー=ネヅがアリス=アンジェラに対して、返答を行う。
「チュッチュッチュ。胃袋が宇宙のように広がっているアリスちゃんが気にすることじゃないでッチュウ。これくらいの量を食べて、アリスちゃんが豊満になるんだったら、とっくの昔にアリスちゃんはナイスバディになっているのでッチュウ」
「コッシローさん……。眼から光線なのデス!」
「ヂュヂュヂュゥゥゥ!?」
コッシロー=ネヅは年頃真っ盛りの聖女心がわからないゆえに、アリス=アンジェラから制裁を受けることになる。アリス=アンジェラは失礼デス! とプンプンと怒ってしまう。アリス=アンジェラの左の腕先から地面にポトリと落ちた軽く焦げてしまったコッシロー=ネヅは、その地面の上でピクッピクッ! と身体を震わせる他無かった。
そんな可哀想なコッシロー=ネヅを拾い上げたのは他でもない、アンドレイ=ラプソティであった。アンドレイ=ラプソティは黙って、コッシロー=ネヅに癒しの天使術をかける。コッシロー=ネヅの身体は緑色のオーラに包まれ、焦げた部分がどんどん通常の状態へと戻っていく。
「アリス殿。もともとはアリス殿が悪いのですよ?」
「それはそうですが、ボクの身体の肉付きをイジるコッシローさんも悪いのデス!」
「むむ……。コッシロー殿のほうが悪い気がしてきました」
「アンドレイ様、そこは引かないでほしいのでッチュウ!」
アンドレイ=ラプソティはアリス=アンジェラとコッシロー=ネヅから同時に文句をもらう役目を担わされることになる。だが、ふわふわもこもこのケルビム姿ではなく、省エネモードのコッシロー=ネヅでは可愛さが足りなかった。だからこそ、アンドレイ=ラプソティは可愛らしく文句を言い続けるアリス=アンジェラに軍配をあげてしまうことになる。
「さすがは可愛いボクなのデス! コッシローさん、可愛さを磨き直してきてくだサイ!」
「チュゥゥゥ~~~。悔しいのでッチュウ。また騒ぎにならないようにと、ケルビムの姿に戻れなかったことが敗因だったのでッチュウ」
「申し訳ございません。駄々をこねるアリス殿が可愛いと思えるおじさんなのです。さて、お腹も膨れたでしょうから、そろそろ宿屋に帰りましょうか?」
アンドレイ=ラプソティはそう言うが、怪訝な表情になるのがアリス=アンジェラとコッシロー=ネヅであった。自分たちはアンドレイ様にお金を出してもらって、この屋台で買い食いの数々を繰り広げてきた。しかし、その間、アンドレイ=ラプソティは口にひとつも食べ物を運んでいなかったのだ。