第1話:続く襲撃
アンドレイ=ラプソティたち一行はインディーズ王国の玄関口から西へ2000キュロミャートル進み、いくつかのステップ地帯と砂漠地帯を越えて、ようやく聖地:エルハザムへとやってきた。その地で騒ぎに巻き込まれた後、逃げるように聖地:エルハザムから脱し、そこから地中海の沿岸に沿って北へ周り、ようやく中央エイコー大陸を抜ける。
この先にはトルメキア王国、クロマニョン王国、ブルガスト王国、セシリア王国、さらにはいくつかの国を超えることで、ようやく目的地である神聖マケドナルド王国だ。そのクロマニョン王国の北半分を占めるようにアルピオーネ山脈が広がっていた。人里を通らぬようトルメキア王国の入り口であるにここまでやってきたのだが、ステップ地帯が続いてきた道中とはかなり様相が変わる。地中海と黒海と呼ばれる海のように広い湖に挟まれたトルメキア王国は西エイコー大陸と中央エイコー大陸の関所でもあるかのようにその存在感をありありと示していた。
「いや、どこもそこも人だかりが出来てるなっ。って、いきなり背中を刺してくるのかよ!?」
「ベリアルは油断しすぎなのデス。控えめのシャイニング・グーパンなのデス!」
「ぶごおおお!?」
トルメキア王国は聖地:エルハザムに近いこともあり、その聖地で救世主が殺されたことはすでに伝わっていた。その救世主を信奉していた者たちが、アンドレイ=ラプソティたちを視認するや否や、取り囲んだのである。アンドレイ=ラプソティはこれならいっそ、地中海を船で渡り、イタリアーナ王国へ入ったほうがマシだったのではないか? と思う。
しかし、逃げ場のない船の上で反乱が起きようものなら、それこそたまったものではない。背に腹は変えられぬとばかりに陸路を通ってきたのだが、トルメキア王国はどこもかしこにも、街と呼ばれるほどの規模の集落があり、そこをどうしても通らなければならなかった。
アンドレイ=ラプソティたちが救世主派を名乗る暴漢に襲われたのは、今日だけで3度目となる。その都度、ベリアルとアリス=アンジェラが撃退してきたのだが、それでも襲撃は止もうとはしなかった。アンドレイ=ラプソティたちは必要な日常品を買うのも困る状況となる。今現在、少なくなっていた食料を食品販売地区で補充しようと、立ち寄ったは良いが、ベリアルが屋台に並ぶ食品を吟味している真っ最中に、その背中に銀色のナイフが突き刺さったのであった。
ベリアルは痛い痛いと言いながら、その銀色のナイフを抜き取り、救世主派を名乗る暴漢のひとりの額にぶん投げる。暴漢の額の骨を突き抜け、脳漿にまでその凶刃が届くことになる。後ろにドスーン! という音を鳴らしながら倒れたその暴漢は口から紅い泡を吹きながら絶命する。食品販売地区には悲鳴と怒号が鳴り響き、ベリアルはやれやれ……と頭を右手でボリボリと掻く他無かった。
幸いなことに、ベリアルは七大悪魔のひとりなだけはあり、ナイフが1本、背中に刺さった程度でどうこうなる身体ではなかったことだろう。これが普通のニンゲンであれば、生死をさまようほどの大怪我となってしまう。ベリアルは背中に空いた穴に左手を添える。そうしただけで、背中に空いた穴は瞬く間に塞がってしまうことになる。
「いい加減、実力の差の違いってのをわかってくれないか? 我輩は争い事が嫌いなんだ」
「とか言っておきながら、現れた暴漢をアリスちゃんとベリアルの2人だけで駆逐しているのでッチュウ」
「ひとりくらい死なない程度で生かしておけば良かったかもしれませんね」
「これなら魔物を相手にしていたほうがまだマシだったのデス。街に立ち寄ったこと自体が間違いだったのかもしれまセン」
戦うことが大好きなベリアルとアリス=アンジェラの両名だとしても、朝から続く襲撃にはうんざりという表情であった。魔物は異形ないで立ちの者ばかりがゆえに、それを殺したところで、心に痛みを感じることは少ない。しかしながら、ヒューマノイド、エルフ、そして、ドワーフといった純血種たちは神がその姿に似せて創っただけはあり、天使や通常状態の悪魔とはあまりかけ離れた姿をしていなかった。
アリス=アンジェラにとっては、同族殺しのような気分を感じ、段々と嫌気がさしてきていた。いっそ、悪魔憑き状態になってくれていれば、心も晴れやかにぶっ殺すことも出来るのだが……。
「ベリアル。あなたの呪力で、救世主派を悪魔憑きにしてくれまセンカ?」
「それがかなり無茶なお願いだって、わかってて言ってるだろ?」
「使えない悪魔なのデス」
アリス=アンジェラのその一言にビキッ! とコメカミに青筋を立ててしまうのがベリアルであった。そもそも救世主派は創造主:Y.O.N.Nを信奉しすぎていて、『原理主義者』になってしまった者ばかりである。そんな頭と思考がガッチガチに固まったニンゲンたちを堕落させようにも、悪魔の言い分など、一切合切否定するのは火を見るよりも明らかだ。それなのに、アリス=アンジェラは七大悪魔なら、そんな状態に陥っているメシア派であろうが、悪魔憑きにすることくらいお茶の子さいさいであろうと言ってのける。
「ああっ! わかった、やるだけやってやるぜ!」
売り言葉に買い言葉とはまさにこのことであった。ベリアルは次の襲撃に会った時は、『怠惰』の呪力を用いて、悪魔憑きにしてやろうと宣言する。しかし、さすがは『原理主義者』となってしまった救世主派である。ベリアルが救世主派を口説こうとして、皆の前に出て、堕落するようにと説法? を開始するが、救世主派は互いの顔を見合い、何言ってんだこいつ……? という表情になるだけであった。
そして、数十秒ほど、救世主派が困惑状態に陥ることは陥ったが、悪魔のささやきになぞ、騙されるなっ! という一言で眼が覚めた救世主派は、その手に握る凶刃を一斉にベリアルの身体に向かって振り下ろす。
「やっぱり使えない悪魔なのデス」
「しょうがねえだろっ! 我輩が説法をかますよりも、アンドレイがやったほうがまだマシな結果だったわっ!」
4度目の襲撃を控えめなシャイニング・グーパンで払いのけたアリス=アンジェラは、やれやれ……と嘆息しつつ、大袈裟に身体の左右に両腕を広げてみせる。その所作にイライラしまくりのベリアルは、アリス嬢ちゃんが痛い目を見れば良いと思ってしまう。
その願いを創造主:Y.O.N.Nが受け取ってしまったのか、ベリアルを小馬鹿にするアリス=アンジェラの背中にドスンッ! という重い音が鳴ることになる。アリス=アンジェラの背中にはどこからか投じられた手斧が突き立つことになる……。