第3話:帝国への道
ベリアルの介添えもあったおかげで、アンドレイ=ラプソティたちとアリス=アンジェラの口喧嘩は止まることになる。アリス=アンジェラは近くにある池で血を洗い流すと言い、アンドレイ=ラプソティたちから少し離れた場所へと、背中の片翼を動かし、フワフワと浮かびながら移動していく。
アンドレイ=ラプソティは気をつけてくださいねとアリス=アンジェラに言うのであるが、池へと向かっていくアリス=アンジェラの背中を見ながら、ベリアルが悪だくみをアンドレイ=ラプソティに耳打ちする。
「その提案は飲めません。水浴びをしている女性が神秘的に美しいと言えども、覗きはご法度です」
「チッ。言うんじゃなかったなぁ。我輩だけ、こっそり、アリス嬢ちゃんの裸体を拝んでくりゃ良かったぜ」
ベリアルはそう言うが、冗談が9割以上含まれていることは自明の理であった。本当にアリス=アンジェラの裸体を拝みたいのならば、いちいち、アンドレイ=ラプソティに断りを入れてくるわけがない。彼は『怠惰』の権現様である。遊女は金で買うし、口説き落としたい良い女が居れば、彼のいつもながらの軽口でコロッと堕としてみせるであろう。そんな彼のどこにアンドレイ=ラプソティの許可が必要なのかと問われれば、皆無と断言しても良かった。
アリス=アンジェラが水浴びを済ます間、男連中は他愛の無い話ついでに、ここから遥か西にある神聖マケドナルド帝国へ向かう道順について、意見交換し合うのであった。アンドレイ=ラプソティの提案で眉間に深いシワを寄せるのがベリアルであった。
「おい。ちょっと待ってくれ。これから冬真っ盛りになろうとういう季節に、アルピオーネ山脈を越える……だと!?」
「はい、その通りです。創造主:Y.O.N.N様はアリス殿に試練をお与えになっているようなので、人目につかないところを行こうと思うのです」
「そりゃ、この季節にアルピオーネ山脈に足を踏み入れる馬鹿なニンゲンは居ないだろうが……。気は確かか?」
聖地:エルハザムをまっすぐ北西に2000キュロミャートルほど進んだ先には、天界にも届きそうなほどの高さを誇るアルピオーネ山脈が広がっていた。神聖マケドナルド帝国が地中海の恵みを燦々と受け取っているイタリアーナ王国へと南進出来なかったのは、このアルピオーネ山脈があったせいだとも言えた。よって、レオン=アレクサンダー帝が神聖マケドナルド王国の西にあるフランクリン帝国を吸収合併した後、向かったのは聖地:エルハザムがある東の地だったのだ。
しかしながら、レオン=アレクサンダー帝の野望は聖地:エルハザムを手中に収めても、満足することはなかった。さらに東へ東へと突き進み、ついにはエイコー大陸の中央に位置する諸国連合の雄であるインデーズ帝国と矛比べを始めたのだった。
その話は別の機会に置いておいてだ。このアルピオーネ山脈の北西に神聖マケドナルド帝国の首都があり、この山脈地帯を北東へ大きく迂回するよりかは直線距離においては、神聖マケドナルド帝国の首都までは最短距離となる。しかし、アルピオーネ山脈は夏でも麓から3合目までで、すでに薄っすらと雪が降り積もる土地である。
そのアルピオーネ山脈を冬に超えようとするのは、まさに自殺行為に等しいのだ。しかしながら、アンドレイ=ラプソティはこれ以上の罪をアリス=アンジェラに被ってほしくなかった。救世主派の生き残りが血眼になって、アリス=アンジェラを追うであろう。そして、自分たちの行く先々で血の雨が降ることになるのは明白であった。
救世主派の生き残りたちが、アリス=アンジェラを追跡させないためにも、アンドレイ=ラプソティはアルピオーネ山脈を越えようと、ベリアルに提案したのである。ベリアルは胸の前で腕を組み、彼らしくもなくうーーーんうーーーんう~~~ん!? と唸り続けた。
「さっぱりしたのデス! アンドレイ様も一緒に水浴びをすれば良かったノニ」
「ゲフンゲフン! そんなことしようものなら、あらぬ罪を私に着せて、天界裁判で証言台に立つつもりでしょ!?」
「そんなことしまセン。拝観料を頂くだけで手打ちにしマス。でも、ボクの貧相な身体を見せたところで、拝観料をもらうのは心苦しく思いマスガ……」
わざとなのか知らないが、アリス=アンジェラはアンドレイ=ラプソティが返答しにくい問いかけをしてくる。大喜びで金貨を支払いますと言えば、アンドレイ=ラプソティはロリコンの変態壮年決定である。そして、無下に断れば、アリス=アンジェラから制裁の眼から光線を喰らってしまう。
変態、変態! と罵られるべきなのか、それとも眼から光線を喰らうべきなのか、どちらを選んだほうがマシな結果に辿りつくのであろうか? と思い悩むアンドレイ=ラプソティであったが、アリス=アンジェラが口に軽く右手を当てつつ、クスクスと笑うので、自分はからかわれてるだけだということに気づくのであった。
「うっほん! 大人をからかうのは良くない行為です」
「では、いたずらなアリスにお尻ペンペンしまスカ?」
アリス=アンジェラは金髪ショートヘアから透明な雫をポタポタと落としながら、アンドレイ=ラプソティの顔を覗き込んでくる。彼女の顔が自分の顔に近づけば近づくほど、アンドレイ=ラプソティの眉間のシワは深いモノとなってしまう。御年300歳を超えている自分が、わずか16歳の小娘に言いように扱われているのが癪に障る。だが、このやり取りを嫌だと一方的に跳ね返したくないと思ってしまうアンドレイ=ラプソティである。
アンドレイ=ラプソティはすくっと立ち上がり、アリス=アンジェラの細い胴に左腕を回して、さらには担ぎ上げ、彼女が望むように、彼女の貧相な肉付きのお尻をスカート越しに右手で数度平手打ちしたのであった。
そうされた後、アリス=アンジェラは乾いた地面に尻餅をつけながら、怒られちゃいましたと舌をぺろりと可愛らしく出す。その様子を見ていたコッシロー=ネヅはやれやれと首級を左右に振るしかなかった。
「あれ? この手の話に飛びつきそうなベリアルが、ずっと、う~~~んって唸ってるのデス。道端で何か変なモノでも拾い食いしたのデス?」
「ああ、彼には難解な問いを与えておいたのですよ。アリス殿も挑戦してみます?」
「それは面白そうなのデス! もし答えがわからなかったら、創造主:Y.O.N.N様に答えをこっそり聞くのデス!」
アリス=アンジェラのその言いに、こころがついほっこりとしてしまうアンドレイ=ラプソティであった。アリス=アンジェラが自分を即刻、天界に連れ戻すことをしないのは、創造主:Y.O.N.N様がそれをアリス=アンジェラに強いていないと感じていた。創造主:Y.O.N.N様は何かしらのお考えがあって、自分に猶予の時間を与えてくださっており、さらにアリス=アンジェラにも、何かしらの『試練』をお与えになっているのだろうと予想していた。
そして、アンドレイ=ラプソティの思っている通りの答えがアリス=アンジェラからもたされることになる。