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第2話:洗面所

 寝心地が悪く汚いベッドと言えども、野宿するよりかは遥かに快適な朝を迎えたアリス=アンジェラは天使の片翼を(おごそ)かに羽ばたかせ、使用させてもらった部屋の清掃を(おこな)う。


「立つ鳥、後を濁さずなのデス! さあ、今日も1日、はりきって行くのデス!」


 アリス=アンジェラは部屋が小ぎれいになったのを確認すると、身体の奥底から神力(ちから)を溢れ出させて、この部屋に祝福を与える。そうした後、部屋から外に出て、階段を降りる。向かうはアンドレイ=ラプソティたちが寝泊まりする1階の一室だ。アリス=アンジェラはコンコンッ! と右手で軽快にドアをノックし、アンドレイ=ラプソティたちが部屋から出てくるのを待つ。


 しかし、2~3分経ったというのに、アンドレイ=ラプソティたちがなかなか、木製のドアを開けて、中から出てくることは無い。アリス=アンジェラは首級(くび)を傾げつつ、もう1度、木製のドアを警戒にノックする。


「ふわあああ~~~。おはようございます、アリス殿」


「おはようございマス。なんだか、すごく眠そうデスネ。しかも寝ぐせがひどいのデス」


「チュッチュッチュ。自分の腹枕が大層、気持ち良かったのか、アンドレイ様は道中の疲れがいっぺんに出てきたみたいなのでッチュウ」


「そう……なんデスカ? もう1泊くらいしていきマス?」


 アリス=アンジェラがご老体であるアンドレイ=ラプソティの身を案じ、そう提案してみるが、アンドレイ=ラプソティはまたもやふわあああ~~~という大きなあくびをしつつも、疲れと言っても、ここ1週間ほどの間に色々なことが起きすぎたために心労が重なっただけだと言い、アリス=アンジェラの提案に耳を貸さぬままに、ゆっくりゆっくり宿屋の中を歩きだす。


 歩くのもしんどそうなアンドレイ=ラプソティの背中を見つつ、アリス=アンジェラはまたもや首級(くび)を傾げてしまう。齢300を数える御歳なのだら、無理をしなくてもいいのにと思わざるをえないのであった。自分は華も恥じらう16歳だ。何か疲れるようなことをしても、一晩寝るだけで、身体の重さはどこかに吹き飛んでしまう。


 昨日はソーセージやフランクフルトをそれらから溢れ出す肉汁ごとたっぷり味わい、そして産卵という初体験を済ませたが、一晩、ベッドの上でぐっすり寝たことで、今日も1日、頑張ろうという元気はつらつな気持ちになれた。


 しかし、アリス=アンジェラは少しばかり勘違いしている。アンドレイ=ラプソティが身体をゴキゴキと鳴らしながら、のっそりのっそり歩いているのは、彼がシングルベッドで眠ったのも要因のひとつであったのだ。アンドレイ=ラプソティは身長178センチュミャートルである。これくらいの身長の者がシングルベッドという、寝返りを打っただけでそのベッドから落ちてしまうような狭さでは、身体が凝り固まってしょうがないのだ。


 枕こそはコッシロー=ネヅのふかふかのお腹であったが、やはり、大の男が寝るには手狭すぎたのである。それに対して、アリス=アンジェラは身長155センチュミャートルほどである。彼女の身体の肉付きの貧しさはさしおいて、彼女はツインベッドの上で散々に寝返りをしまくった。


 ベッドから下に落ちる落ちないの心配をしなくて良いのは、快眠度に直結すると言っても良い。アンドレイ=ラプソティは寝ている間でも、それを気にしていた。そして、アリス=アンジェラはそれに関して、何の心配もしていなかったのだ。


 アンドレイ=ラプソティはボサボサの髪を直そうと、宿屋の洗面所へとやってくる。そこには先客が居り、アンドレイ=ラプソティは早く代わってほしいと思いつつ、口に手を当てながら、またもやふわああああ~~~~と大あくびするのであった。


「ん~~~? すげえ眠そうだな。昨夜はお楽しみだったのか?」


「ベリアル。朝からの御託は良いので、スペースを空けてくれませんか?」


 その宿屋の洗面台には鏡が三つあった。しかし、一般客がふたり、そして、ベリアルが先に使用していた。見も知らぬ一般客に早くスペースを空けてくれとは言いにくいので、アンドレイ=ラプソティはベリアルに催促したのである。しかしながら、ベリアルは顎ヒゲをオシャレに整えようとしている真っ最中であった。


 アンドレイ=ラプソティの眼から見ても、ベリアルは鏡をひとつ、長時間に渡って占拠し続けるのは明らかであった。アンドレイ=ラプソティの何とも言い難い雰囲気を察した一般客のほうが空気を読み、順番を待っていたアンドレイ=ラプソティにペコリと軽く頭を下げて、洗面所から退出していくのであった。


「あ~あ~。彼女たちは何も悪くないってのにな」


「そう思うなら、ヒゲをセットする時間を削ってください」


 ベリアルは鏡に映る自分の顔を角度を変えつつ、アンドレイ=ラプソティの左胸にちくりと針が刺さる感覚を与えるのであった。アンドレイ=ラプソティはムッ……と軽くイラつきを覚えるが、悪魔らしい態度を貫くベリアルに何か言ったところで、ますますイラつきが増すばかりだと思ってしまう。


 アンドレイ=ラプソティは桶に張ってある水を両手を用いてパシャパシャと軽く当てる。そして、桶の水を手ですくい、跳ね上がってしまった髪の毛に水を軽くつけていく。


「そこまでひどい寝ぐせなら、いっそのこと、風呂の湯を頭から被ったほうが良いんじゃねえのか?」


「朝風呂を進めてくるとは、まさに悪魔的発想ですね」


「確かに悪魔的発想かもしれんなっ! でも、本当に魅惑的なのは朝から酒をかっくらってからの昼風呂だぞ?」


 アンドレイ=ラプソティは上手いことを言うモノだと感心せざるをえなくなる。さすがは『怠惰』の権現様だ。愛しのレオンも同様なことを言っていたことを思い出す。マケドナルド王国の主権を完全に掌握し、その勢いで神聖ローマニアン帝国へと進出したレオン=アレクサンダーである。彼はその神聖ローマニアン帝国を手中に収めた時はさすがにこの世の春が来たとばかりに、一週間に渡り、おちんこさんが渇く暇もないほどに、女や男を抱いた。


 美酒で喉を潤し、焼きたての子羊の丸焼きで腹を満たし、おちんこさんを女や男のお尻で濡らした。アンドレイ=ラプソティは浮れすぎだとレオン=アレクサンダーを強く叱ったが、その時のレオン=アレクサンダーは今のベリアルとほぼ同じ言葉をアンドレイ=ラプソティに告げたのであった。アンドレイ=ラプソティはグヌゥ! と唸る他無かった。


 レオン=アレクサンダーはそれだけではなく、自分と同じように堕天してみないか? と誘ってくる。アンドレイ=ラプソティはズンズン! と怒りを足音に乗せて、レオン=アレクサンダーの前から去ることしか出来なかった。しかしながら、レオン=アレクサンダーはその酒池肉林の1週間において、運命の女性と出会うことになる。


 そして、その運命の女性との間に産まれた子をレオン=アレクサンダーが神聖マケドナルド帝国の後継者として指名することになるとは、あの当時のアンドレイ=ラプソティには予想出来ないことだった……。

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