第4話:金言と金貨
アリス=アンジェラはイクことに満足した後、汚れに汚れたベッドの後始末を開始する。フランクフルトから噴出した黄金色の液体と自分の股間から発射された黄金色の液体と透明な液体を洗い流すために、アリス=アンジェラは祈りのポーズを取り、創造主;Y.O.N.N様に自分の痴態を散々に晒したベッドをキレイにしてほしいと願い出る。
創造主:Y.O.N.Nは偉大な御方だ。そう願うアリス=アンジェラに新たな神力を授ける。アリス=アンジェラに与えられた神力とは『不浄を洗い流す神力』であった。アリス=アンジェラの背中から片翼の天使の羽根が生まれ出て、厳かに羽ばたき始める。
アリス=アンジェラの背中の羽根からは清浄な風が流れ、汚れに汚れたベッドへと吹き付けられる。いろんな液がこびりつき、染みだらけとなったベッドであったが、アリス=アンジェラがそこでイクことを開始する前よりも、清潔なベッドへと生まれ変わる。
アリス=アンジェラはこの新たな神力を授けてくれた創造主:Y.O.N.N様に対して、感謝の気持ちで心が満たされる。『立つ鳥、後を濁さず』という言葉がある。使用した建物や場所は、その人物が来た時よりもキレイにしておこうという金言であった。
部屋を汚しても、それを清掃する代金を宿屋に支払っているという主張をする者が多い世の中ではあるが、アリス=アンジェラはこの金言が好きであった。アリス=アンジェラは元々、キレイ好きである。淫らかに乱れたとしても、その掃除をこの宿屋の従業員たちに任せたいとは一切思っていなかった。出来るなら、自分の手で掃除を行っておきたいという気持ちを大切に思った創造主;Y.O.N.Nがアリス=アンジェラに新たな神力を授けたのである。
「ちょっとキレイにし過ぎまシタ。これは逆に宿屋側からお給金をもらうレベルなのデス!」
アリス=アンジェラの言う通り、痛んだベッドはアリス=アンジェラが喘ぐ間、ギシギシと壊れそうな音を鳴らしていたが、今では新古品レベルにまで修復されている。そして、この部屋の変化はそのベッドだけでなく、調度品にもその影響が及んでいた。古びた机、煤けたランプ、いかがわしい染みがあった壁、さらには傷んだ絨毯も新古品くらいには修復されていたのだ。
いっそのこと、この宿屋全体も新古品レベルに修繕してしまおうかと思うアリス=アンジェラであったが、それは余計なお世話であろうと、使った部屋だけの修繕で止めてしまうのであった。
しかしながら、この新たな神力は、アリス=アンジェラにとって負荷が大きいようで、アリス=アンジェラの腹がクーと可愛く鳴ってしまうことになる。アリス=アンジェラはその腹が鳴る音を創造主:Y.O.N.N様に聞かれたと思って、赤面しつつ、顔を両手で覆ってしまうことになる。
そんな可愛らしいアリス=アンジェラを愛おしく思った創造主:Y.O.N.Nはアリス=アンジェラの足元にチャリンチャリンという音を発生させる。アリス=アンジェラは何が起きたのかと、自分の右足の周囲を確認する。するとだ、金色や銀色に光る円状の物質をその眼に映すのであった。
「創造主:Y.O.N.N様……。アリスがお腹を減らしたから、これで美味しいモノを食べてこいという計らいなのデスネ……」
アリス=アンジェラは絨毯の上に転がる数枚の金貨と銀貨を右手で拾い上げ、それを両手で握り込み、またもや祈りを捧げるポーズを取る。そうした後、その金貨や銀貨を一旦、ベッドの上に置き、アリス=アンジェラは神力を身体から発して、自分の身にヒラヒラのスカート付きの天使装束を纏わせる。
しかしながら、色あいは抑えめであった。アンドレイ=ラプソティとの邂逅時は、自分は天使であることをひと目でわかるほどの威厳あるドレス風であった。しかしながら、今、アリス=アンジェラが身に纏っている天使装束はそれと比べて控えめすぎる市井のニンゲンの女の子が着る衣服とさほど代わり映えしない程度であった。
そうは言っても、アリス=アンジェラは服が彼女を装飾している存在ではない。アリス=アンジェラ自身が宝石であり、衣服は彼女の付属品なだけである。そのため、街中へと足を踏み入れたアリス=アンジェラの顔と身に纏う雰囲気だけで、周りの男性はアリス=アンジェラを視界に収めなければならなくなる。
そんなアリス=アンジェラに釘付けな男性たちの視線に構うことなく、アリス=アンジェラは空腹を満たすための食材を探し求める。アリス=アンジェラは歩を止めつつ、顔をキョロキョロと左右に振り、この規模の街なら必ず存在する場所を探す。アリス=アンジェラが宿屋から外に出て、10分くらい経つと、彼女の眼には目的の場所が映ることになる。
そこは屋台が立ち並ぶ地区であった。午後2時を回ったことで、人通りはかなりまばらになっていたが、それでも、その日の最後の足掻きとばかりに屋台の店主たちが声を高らかに、自分が売っている商品自慢をしていたのである。
「安いよ、安いよ! 1割、2割引き、当たり前!」
「ちょっと、そこの素敵なお嬢さん! 夕食のおかずを一品、増やしたいと思いませんか!?」
アリス=アンジェラが辿り着いた場所とは『食品販売地区』であった。こういう場所では、役所で販売許可さえもらえば、誰でも屋台を並べて良い。しかし、立地の関係もあるため、裏ではけっこう血みどろな戦いも繰り広げられてはいるが、今のアリス=アンジェラにとってはどうでも良い事なので割愛させてもらおう。
それよりも肝心なことは、屋台の店主たちが何故に声を高々に張り上げていることだろう。道行く老婆にですら、『素敵なお嬢さん』と呼ぶのはそれなりに理由がある。採れたての野菜ならまだ良いが、それらを調理したモノはその日に売れてくれなければ、店主がそのまま損益を被ることになってしまうのだ。
この点、装飾品や小物を屋台に並べているような『オシャレ街道』の店主たちは気ままだと言っても良かった。売れてくれれば御の字なのである、彼らや彼女たちは。しかし、『食品販売地区』の店主たちにとっては、毎日がまさに戦争であった。この地区に客が足を運ぶ時間帯はたいてい決まっている。
まずは早朝。次に昼から昼を少し過ぎた頃である。早朝の客は宿屋や食堂を経営している者たちが客の大半となる。その混雑が収まった後にごく一般の家庭層がやってきて、その列が昼すぎまで並ぶことになる。
だが、アリス=アンジェラがこの地区にやってきたのは午後2時を過ぎてからだ。何かしらの用事があって、買い物に出かけるのが遅れた者たちが食材や食品を求めてやってくるために、かなり人が少なくなっていた。アリス=アンジェラはその空いた道をキョロキョロとまるで田舎から都会に上京してきた若者のように首級をあちこちに向けていた。