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第3話:酒の肴

 戦争において、連戦連勝はあっても、全戦全勝などありえないのだ。負けるべき時は負けるし、勝つ時は何も策を弄することなく勝つ。この基本を知っているがゆえに純血種の天使たちはこの『地獄の門』まで辿り着いた時にはすでにうさん臭さを感じ取っていた。


 しかし、全戦全勝で浮れに浮かれていたニンゲンたちや半天半人(ハーフ・ダ・エンゼル)たちは違った。まさに創造主:Y.O.N.Nの威光がそうさせたと思っていたのだ。そして、それこそ、悪魔皇:サタンと悪魔将軍:ルシフェルの大策であったのだ。


 創造主:Y.O.N.Nと『天界の十三司徒』たちは悪魔皇たちの策に嵌っていることに気づいていた。しかし、1日でも早く、この戦争を終わらせるために血と汗を流し続けたニンゲンたちと半天半人(ハーフ・ダ・エンゼル)たちは違ったのだ。


 だからこそ、ニンゲンたちや半天半人(ハーフ・ダ・エンゼル)たちを諫めるために、『負けるべくして負けた』と告げたのだ、創造主:Y.O.N.Nは。この魔界への入り口である『地獄の門』までの道中、天界側は『一敗もしなかった』のだ。局地戦ですら、苦戦はしつつも勝ちを収めたのである。連戦連勝どころか、まさに『全戦全勝』なのだ。


 こうなれば、普通は相手側に策があるのだろうと勘ぐる方が当たり前なのである。しかし、創造主:Y.O.N.Nに依存しすぎていた半天半人(ハーフ・ダ・エンゼル)救世主(メシア)に率いられていたニンゲンたちは創造主:Y.O.N.Nの言葉を受け入れきれなかった。


 そして、半天半人(ハーフ・ダ・エンゼル)たちの4分の3が堕天した。創造主:Y.O.N.Nよりも救世主(メシア)の言葉の方が正しいとしてしまったニンゲンたちは創造主:Y.O.N.Nではなく、救世主(メシア)の子羊となってしまったのである。


 天界の十三司徒たちが新たな戦局に移り変わったことで、東奔西走(とうほんせいそう)することになる。昨日までの戦友(とも)と刃を交えつつも、救世主(メシア)に率いられた暴徒たちを抑え込むという、敵が誰かわからない状況へと陥る。


 地上界では神聖セントラルフラワー帝国と呼ばれたエイコー大陸の東側に位置する大国で(おこな)われた『第3次天魔大戦』であった。しかしながら、救世主(メシア)に率いられた暴徒たちは地上界では後の世で『黄布党(こうきんとう)』という賊徒として扱われるようになる。


 その黄布党(こうきんとう)が散々に神聖セントラルフラワー帝国を荒らしまわったせいで、ニンゲンたちは疲弊し、文明は衰え、さらにはこの地で一大帝国を築くことは出来なくなってしまった。第3次天魔大戦後から100年間において、この広大な土地を3国が分け合うことになる。


 しかし、3国というのがいけなかった。互いに互いを滅ぼし合い、その後に出来た一大帝国は10年も経たずに崩壊してしまう。そして、ついに10数国の国が生まれてしまうきっかけを作っただけである。それほどまでの国が出来上がった後に待っているのは血で血を洗う『戦国時代』であった。元・神聖セントラルフラワー帝国があった大地に巨大帝国が再び樹立するのは不可能とさえ思えた。


 エイコー大陸の東海岸側が情勢不安になったことは悪魔たちにとって、好都合であった。だが、悪魔皇:サタンと悪魔将軍:ルシフェルはこれ以上の戦果を求めなかった。それもそうだろう。天界に生まれた新たな存在である半天半人(ハーフ・ダ・エンゼル)の繁殖力は異常なのである。魔界側も無茶をしての引き分けなのである。わざと負けた部分もあるが、基本的に負け戦だったのだ、『第3次天魔大戦』では。


 戦争において、やはり『数の暴力』は偉大である。戦略を戦術で巻き返したは良いが、そもそも戦力が下火と化している魔界側の現状をどうにかする必要が悪魔皇と悪魔将軍にはあった。その課題をクリアするために悪魔皇と悪魔将軍は計画の練り直しを迫られることになる。


(まあ、さすがはサタンの旦那と知恵者のルシフェルってところだな)


 ベリアルはグビグビと木製のジョッキに残っていた麦酒(ビール)を喉奥に流し込みながら、そう思うのであった。『怠惰』の権現様であるベリアルは『第3次天魔大戦』の時に悪魔将軍であるルシフェルの指示を何度も蹴飛ばそうとした。しかし、自分の補佐に着任した若き悪魔がベリアルの代わりに指揮を執ると言い出し、『怠惰』の権現様はこれに全乗っかりしてしまったのである。


「あいつ、今頃、どうしてるのかな? もし『第4次天魔大戦』が起きた時は、また我輩の補佐として採用したいぜ……。お姉ちゃん、おかわりだっ!」


 空になった木製のジョッキの底を数秒ほど見つつ、そう感想を述べたベリアルであったが、すぐさま、その木製のジョッキを麦酒(ビール)で満たしたいという欲望に駆られたベリアルはさすがは『怠惰』の権現様とも言えた。その心情を察したのか、店長は女性店員に酒樽ごと、あのテーブルに運べと指示を出す。テーブルの横にドカンと置かれた酒樽に対して、ベリアルはウヒョゥ! と感嘆の声をあげてしまう。


 しかしながら、ベリアルはその酒樽に満ちる麦酒(ビール)を独り占めしようとはしなかった。


「お前ら、我輩のおごりだっ! じゃんじゃん、飲んでくれやっ!」


 ベリアルは自己の欲を満たすだけではなく、周りのニンゲンたちの欲も満たすための行動に移る。ベリアルのすぐ脇に置かれた酒樽に空の木製のジョッキを突っ込み、その中身が満たされた者たちは、次々とベリアルが右手に持つ木製のジョッキにカツンという軽快な音を鳴らす。ベリアルは満足気な表情でそうしてくるニンゲンたちの相手をし続ける。


 そして、食堂にいる酒飲みたちの杯が全て満たされたのを確認した後、右腕を振り上げ、乾杯の音頭を取り出す。そうした後、ベリアルはゴクゴクッ! と喉を鳴らしながら、右手に持っている木製のジョッキの中身を空にするのであった。


 その飲みっぷりは見事としか言いようが無く、食堂の皆はベリアルに『魅了』されてしまう。店長もベリアルに感化され、女性店員にもっと彼のところに酒樽を運ぶように指示を出す。食堂は真昼間だというのにどんちゃん騒ぎと化していき、何故、自分たちは酒に酔いしれているのか? という根本的な原因を忘れつつあった。


 そもそもとして、ここから西へ30キュロミャートル離れた場所で新たな救世主(メシア)が生まれたことを祝っての昼間からの飲酒であった。しかし、ベリアルの豪快な大判振る舞いと、その爽快な飲みっぷりに心をすっかり奪われてしまうのであった。


 酒飲みたちにとって、気持ちよく酔えれば、実際のところ、肴は何でも良かったのである。最初は自分たちの眼で確認したわけでもない救世主(メシア)誕生を祝ってのことであったが、今や、気持ち良さそうに酔っているベリアルを肴にしたほうが、彼らもまた気持ちよく酔えたのであった……。

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