第1話:コッシロー枕
『怠惰』の権現様ことベリアルとの情報交換を終えたアンドレイ=ラプソティは麦酒とソーセージを堪能した後、次は腹を満たすためにパンとスープを注文する。注文したスープには大き目の芋が入れられており、それをフォークで突き刺し、その形を崩しに崩す。崩れた芋と羊肉がちょうど良い塩梅で絡み合い、アンドレイ=ラプソティの満腹中枢をおおいに満たしてくれるのであった。
「チュッチュッチュ。お腹いっぱいなのでッチュウ。こういう時は惰眠を貪りたくなるでッチュウ」
「コッシロー殿と同感です。陽はまだまだ高いですが、私も神力を完全に取り戻せていない以上、宿屋でゆっくり休みましょうか」
アンドレイ=ラプソティたちが西へ西へと進み続けて2週間近くとなっていたが、アンドレイ=ラプソティ自身がやきもきするレベルで、彼の身体には神力が戻ってきていなかった。もし、万全の状態であったなら、この街に辿りつくまで3日間でこれたであろう。しかしながら、神力がなかなか回復しないアンドレイ=ラプソティはコッシロー=ネヅに甘える形で、彼の背に身体を預けつづけた。
そして、ふわふわとゆっくりと飛ぶ片翼の天使の速度に合わせてでしか、西行きの旅路が出来ず、いっそのこと、2人と一匹で荷馬車を借りたほうがマシだったのではなかろうか? という速度で西へと進み続けたのである。その疲労が積み重なったのか、アリス=アンジェラはたったの3杯で酩酊状態へと陥り、先に宿屋の一室へ運び込まれることになった。
アンドレイ=ラプソティたちは未だに麦酒を堪能しているベリアルをひとり置いて、先に失礼と断りを入れる。ベリアルは木製のジョッキの端に口をつけつつ、左手をひらひらと振って、自分はまだまだこの食堂に居座り続けると主張するのであった。
やれやれと嘆息しつつも、アンドレイ=ラプソティたちは食堂を後にして、隣接する宿屋へと向かう。コッシロー=ネヅは眠っているであろうアリス=アンジェラの邪魔をしてはいけないだろうと思い、アンドレイ=ラプソティと同室の部屋へ入る。アリス=アンジェラは2階の一室に先ほど、放り込んでおいた。そして、自分たちは部屋の空きが無かったため、1階の一室に入ることになる。部屋は手狭であり、アリス=アンジェラを放り込んだ2階の一室のほうが広いレベルである。
アンドレイ=ラプソティはアリス=アンジェラを放り込む部屋を間違えてしまったなと思いつつも、汚いベッドの上に尻を乗せるのであった。まさに寝泊まりするためだけのスペースしか、その一室には無く、この部屋にあるのはシングルベッドとベッドの脇にある小さな机のみである。アリス=アンジェラはあの小柄な身体であるのに、ツインベッドを占拠してしまうことになる。
「成り行き上ということで仕方ありませんが、シングルベッドとなると、コッシロー殿はどこで身体を休めたら良いんでしょうかね?」
アンドレイ=ラプソティは178センチュミャートルとなかなかに高身長であった。横に大きいわけではないが、それでもこの身長の男性が横になるには、やはりシングルベッドは少々手狭に感じてしまう。そして、コッシロー=ネヅはアリス=アンジェラへの気遣いで、アンドレイ=ラプソティと同じこの部屋にやってきた。
「アンドレイ様の枕代わりになるか、湯たんぽになるかって感じでッチュウね。アンドレイ様の好きにしてもらって結構でッチュウ」
コッシロー=ネヅの言う通り、省エネモード状態の今のコッシロー=ネヅのサイズは枕にしても良いし、暖を取るために足を乗せておくにもちょうど良さそうに見えた。ふかふかの白い毛に覆われたネズミ姿である。さぞ、良い夢が見れそうなのは変わり無さそうであった。しかし、いくらなんでも足の下に敷くのは失礼だろうということで、枕代わりになってもらうことにするアンドレイ=ラプソティであった。
「いやあ、存外、頭にフィットします。これは驚きですね」
アンドレイ=ラプソティは後頭部を横になったコッシロー=ネヅの腹に預けながら、そう感想を述べる。コッシロー=ネヅは自慢気にアンドレイ=ラプソティにこう答える。
「アリスちゃんが自分を枕や抱き枕によくしてくれたものでッチュウ。それゆえにどれくらいの固さであれば、アリスちゃんが気持ちよく寝れるかよく思案に暮れたモノでッチュウ」
「なるほど……。その努力は無駄ではなかったということですね。アリス殿の膝枕もなかなかに気持ちよく寝れましたが、コッシロー殿はその3倍の心地良さです」
「アリスちゃん本人は言わないほうが良いでッチュウよ? 余計な勘違いをされて、眼から光線を喰らわされることになるのでッチュウ」
コッシロー=ネヅの忠言を受けて、アンドレイ=ラプソティはブフッと軽く噴き出してしまう。コッシロー殿の言う通り、アリス殿ならば、『ボクの肉付きが悪いことを揶揄しているのデスカ? 眼から光線で制裁デス!』とその時のアリス殿の表情と語気がありありと頭の中でイメージ出来てしまうアンドレイ=ラプソティであった。
「年頃の娘はなんとも扱いが難しいですね。さすがはアリス殿がコッシローさんはボクのママなのデスと言わせるだけはあります」
「性別的には基本、オスの形状を取っているでっチュウけどね、自分は。でも、アリスちゃんから見たら、自分は口やかましいママに見えるみたいでッチュウ」
コッシロー殿は口やかましいというよりは世話焼きに思えてしまうアンドレイ=ラプソティであった。アリス殿はともかく世間の感覚からズレた存在だ。半天半人でありながら、創造主:Y.O.N.N様への信奉力は純血種の天使よりも上だと感じてしまうほどである。
大昔から純血種の天使は創造主:Y.O.N.Nに疑念を抱いてきた歴史がある。そして、その心と身体で受け止めきれぬ疑念が溢れ出し、さらには反転してしまった存在が『堕天使』である。その中でも神力が天界の最上位クラスに位置していた『天界の十三司徒』の半数が堕天し、今では『七大悪魔』となってしまったのである。
その七大悪魔たちから見れば、アンドレイ=ラプソティは『天界の十三司徒』に位置するといえども、まだまだ新米の位置づけであった。それゆえか、ベリアルはアンドレイ=ラプソティを手玉に取るように扱ってくる。アンドレイ=ラプソティはそれに軽く不満を覚えつつも、その相手から情報を引き出せるモノならば、接触することを忌避しない。
その点において、アンドレイ=ラプソティはアリス=アンジェラと比べて、かなり大人だと言えた。アリス=アンジェラはベリアルとの会話自体を否定しているかのようにも思えた。アンドレイ=ラプソティはまどろみながらも、あの時の光景を頭の中に再生し始めるのであった。