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第1話:娘

「おやおや……。こんなところで寝てますよ。コッシロー殿、アリス殿を背中に乗せますね」


「わかったのでッチュウ。へんし~~~ん! でッチュウ!」


 省エネモードの白いネズミの姿に移行していたコッシロー=ネヅは、アンドレイ=ラプソティの左肩から地面へと飛び降り、いつもの天界の騎乗獣であるケルビムの姿へと戻る。その柔らかな背中にアリス=アンジェラを乗せたアンドレイ=ラプソティは微笑ましい表情で優しくアリス=アンジェラの黄金(こがね)色のショートヘアを撫でる。口から発せられる不穏な台詞と態度を除けば、アリス=アンジェラはとてつもなく可愛らしい。


 クークーピーと寝息を立てている彼女を見ていると、アンドレイ=ラプソティはもしも自分に娘が居たとしたら、きっと、こんな娘になっていたのではなかろうか? とさえ思ってしまう。ヒトの言うことを聞かないところはアンドレイ=ラプソティ並みであり、それでいて、愛しきレオン=アレクサンダーのように情熱的な部分も持ち合わせている。


 ただ、やはり、もしアンドレイ=ラプソティと愛しきレオン=アレクサンダーの間に産まれた娘であれば、髪の毛の色や瞳の色は自分たちのどちらかに似ているはずだとも思ってしまうアンドレイ=ラプソティであった。


(アリス=アンジェラはアリス=アンジェラです。決して、自分の娘ではありません。そして、自分の娘であれば親殺しの大罪など、けっして(おこな)わいし、私が犯させるわけがないのです……)


 アンドレイ=ラプソティはこの想いを邪念だとばかりに、首級(くび)を左右に振る。アリス=アンジェラに対する憎しみと怒りの心は、レオン=アレクサンダーが殺されたあの地に残してきた自分の憎悪の塊が引き受けてくれたと思っている。そのためか、今のアンドレイ=ラプソティはどちらかと言えば、アリス=アンジェラに同情心に近い感情を抱いていた。守護天使がついている人物から天命を回収するという汚れ仕事を半天半人(ハーフ・ダ・エンゼル)がゆえに負わされたと。


 創造主:Y.O.N.Nはヒトや天使たちに神の試練をお与えになる。アンドレイ=ラプソティには、憎しみや悲しみを越えるための試練を。そして、アリス=アンジェラには向けられた悪意に対して、自分の主張を決して曲げない強い精神を持つための試練を。アリス=アンジェラは『半天半人(ハーフ・ダ・エンゼル)』である。ニンゲンと天使の血がその身に流れているのだ。それゆえに、半天半人(ハーフ・ダ・エンゼル)は通常の天使よりはるかに『堕天』しやすいのだ。


 ニンゲンは本来、救いようのないほどに『大罪』に手を染めやすい。しかし、とあるひとりの救世主(メシア)が創造主:Y.O.N.Nが契約を交わした。創造主:Y.O.N.Nは偉大な御方であり、同時にこの世の誰よりも寛容な存在である。愚かで間違いをすぐ犯してしまうニンゲン相手でも、交わした契約は忠実に履行する。


 そのとある救世主(メシア)は創造主:Y.O.N.Nにこう言った。


「私にニンゲンたちの罪を全て被らせてください。その代わり、決して、地上界全てを創り直さないと約束してください」


 創造主:Y.O.N.Nはその救世主(メシア)の言葉を受け入れ、彼の望むように再創造計画を中止した。それと同時に本来、地上界全てのニンゲンが受ける罰をその救世主(メシア)に与えたのである。


 天界、地上界、地獄に存在すると言われている拷問器具の数々を創ったのは創造主:Y.O.N.Nである。もちろん、ニンゲンや悪魔はそれを発展させて、さらなる苦痛を与える拷問器具を開発している。しかし、そのオリジナルとなるモノをその身体と魂で実験に使われているのは、創造主:Y.O.N.Nと契約を交わしたその救世主(メシア)であった。


「創造主:Y.O.N.N様は偉大な御方です。罪には罰を。奉公には御恩を。義務と権利を。悪魔である貴方には到底、理解できない話でしょう」


「ふごふご? ごっくん、ぷはー! いきなり説教か? ちょっと戻るのが遅いからって、先に夕飯を食っているだけだろうが」


 七大悪魔であるベリアルが行儀悪く口に食べ物を突っ込みながら、アンドレイ=ラプソティに応答する。その姿を見て、やれやれ……と首級(くび)を軽く左右に振るアンドレイ=ラプソティであった。サーチをかけても、存在感が一切無いアリス=アンジェラを探そうとアンドレイ=ラプソティがベリアルに提案したまでは良い。


 しかし、ベリアルはどうせその辺で用をたしているだけで、極力、気配を消せるだけ消しているだけだと主張していた。しかしながら、アンドレイ=ラプソティはもしもの場合があったらどうするのかとベリアルに言い、ベリアルはへいへい……と仕方無さそうな感じでさも面倒くさいと雰囲気をバリバリに出していた。


 そして、アンドレイ=ラプソティの思った通り、『怠惰』の象徴であるベリアルは早々にアリス=アンジェラの捜索を打ち切り、集合場所に戻ってきて、夕飯に箸をつけていたのである。


「聞くだけ無駄だと思いますが、アリス殿を何分ほど探しました?」


「正確には計ってないが、たぶん、2~3分じゃねえかな?」


「数十秒単位じゃないだけマシでしたね。コッシロー殿。アリス殿を暖の側で寝かせましょう」


「チュッチュッチュ。陽が落ちて、すっかり寒くなってきたでッチュウからね。毛布で包み込んでおくでッチュウ」


 アンドレイ=ラプソティとコッシロー=ネヅは倒壊した家屋から引っ張り出してきた毛布を地面に敷き、その上にアリス=アンジェラを乗せる。そして、さらにもう1枚の毛布をアリス=アンジェラの身体に掛けておく。


「こうやって黙って寝てりゃ、可愛い娘なのにな。我輩ももうひとりくらい娘を作っても良い気になる」


「怠惰な貴方だと、育児放棄しそうで心配ですけどね」


「親は居なくとも子は勝手に育つんだよ。そんなことも知らねえのか?」


 ベリアルはクッチャクッチャと謎の焼いた骨付き肉を歯で噛み砕きながら、自分なりの育児理論を展開する。アンドレイ=ラプソティは未だ子を育てたことはないゆえに、ひとから聞いた話の上でしか、ベリアルに反論できない。しかし、怠惰なだけあって、避妊の一切もしないベリアルは非常に子だくさんである。それゆえに98番目の子はどうだったとか、経験の上からの体験談をアンドレイ=ラプソティに披露する。意外なことに親であるベリアルに似すぎている子は片手で数えるほどであり、ベリアルの言うことも案外、的外れではない気がしてしまうアンドレイ=ラプソティであった。


「チュッチュッチュ。感心しそうになっているところ悪いでッチュウけど、100人近くも子供がいたら、そりゃベリアルよりかはマシな悪魔も出てくるでッチュウ」


「統計の罠ってやつですね。うっかり、悪魔に騙されるところでした」


「騙すって人聞き悪いことを言うんじゃねえよ。あくまでも我輩なりの経験論で言ってんだからよ」

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