第3話:バーニング・グーパン
ベリアルは最初、アンドレイ=ラプソティの言葉をキョトンとした顔つきで聞いていた。しかし、あることを思い出すきっかけともなり、ベリアルの表情は『憤怒』の色に染まり上がることになる。
「ソドムとゴモラの街を『塩の柱』と化した貴様たちと創造主:Y.O.N.Nが、どの口でその言葉を発しているのだっ! 我輩が地上に新たな楽園を創ったというのに、貴様たちがそれを破壊したのだっ!」
「ニンゲンは堕落のみを享受する生き物ではありません。創造主:Y.O.N.N様は幾度もニンゲンの訴えを聞きました。しかし、貴方があの街の住人たちを一人残らず『堕落』させたのです。その責を創造主:Y.O.N.N様に押し付けること自体が間違いです!」
ソドムとゴモラの街を『塩の柱』とする前に善なるニンゲンが、創造主:Y.O.N.Nを止めようとした。その善なるニンゲンは創造主:Y.O.N.Nに何度も確認して、ついには『全住人の内、わずかひとりでも善人が残されていれば、街全体を救う』という約束と取り交わしたのだ。創造主:Y.O.N.Nはニンゲンたちの約束を守る。ニンゲンたちにとっては約束は所詮、約束程度だと思う不届き者がいる。
しかし、創造主:Y.O.N.Nと地上界のニンゲンとの約束は『契約』と同義なのである。『契約』は『約束』よりも遥かに拘束力が発揮されるのだ。そして、創造主:Y.O.N.Nといえども、ニンゲンと結んだ『契約』は忠実に履行する。ソドムとゴモラの街の悲劇はまさにここにあった。ソドムとゴモラの街には『善人はひとりもいなかった』のである。創造主:Y.O.N.Nは善なるニンゲンとの契約を破棄したのではない。忠実にその契約を護ったがゆえに起きた『悲劇』なのだ。
もし、あの時、善なるニンゲンが創造主:Y.O.N.Nとの契約において、もう少し知恵が回ることを言っておけば良かったのかもしれない。創造主:Y.O.N.Nから見て、ソドムとゴモラの街には『善なるものはひとりもいなかった』のだ。これが事実であり、真実でもある。そして、ソドムとゴモラの街には『天界の十三司徒』が遣わされる。一晩も経たずにこの世の『堕落』を謳歌していたその街には静寂が訪れるのであった……。
アンドレイ=ラプソティとベリアルがバチバチと火花を散らす中、コッシロー=ネヅはおろおろと戸惑うしかなかった。アンドレイ=ラプソティとベリアルを止めるべきなのか、アリス=アンジェラの支援に回るべきなかをだ。アリス=アンジェラは絶賛、未だに身体に巻き付こうとしてくる触手群に対して、光り輝く手刀で叩き落とし、同時に光る足先で触手群を蹴り飛ばしていた。
しかしながら、アリス=アンジェラは非常に興奮状態に陥っており、今、アリス=アンジェラへ助力をしようものなら、コッシロー=ネヅも一緒に手刀を叩きこまれ、さらには蹴り飛ばされそうな予感がしてならなかった。
それならば、アンドレイ=ラプソティとベリアルの間に割って入って仲裁しようとすれば、どちらからも神力と呪力が籠った右の拳を顔面にぶち込まれそうな気もしてしまう。どうしたものかと思い悩んだコッシロー=ネヅは2人の注意が互いの方向へと向かっているのを、無理やり、アリス=アンジェラに釘付けさせようとする。
「ほ、ほら。アリスちゃんが頑張っているのでッチュウ。アンドレイ様、アリスちゃんに応援を送るのでッチュウ」
「そう……ですね。天使と悪魔がわかり合えるわけがないのに、つい、熱くなってしまいました。アリス殿、そいつの再生力は私とベリアルでも難儀しているのです! 間髪入れずにトドメの一撃を入れるんです!」
「ったく……。上手くはぐらかされた気がするぜ。まあ良い。アンドレイ、アリス嬢ちゃんに加勢するぞっ!」
コッシロー=ネヅは一触即発であったアンドレイ=ラプソティとベリアルの気が上手く逸れたと思うしか他無かった。一時的な共闘関係は再度、構築し直されることになる。アンドレイ=ラプソティとベリアルは神力と呪力を溜める構えを取り、一気呵成の呼吸をもってして、その神力と呪力を引き絞った上から突き出した両腕の先から光線を発射する。
銀色の神力と紫黒い呪力の光線が謎の肉塊の塔の中央部にぶち当たり、肉塊の塔を大きく振動させる。アリス=アンジェラはそのふたつの光線が一点に集中しているのを見るや否や、空中でグルングルンと右腕を何度も大きく振り回す。
アリス=アンジェラが右腕を回転させるごとに、右手に神力が凝縮さていく。そして、アリス=アンジェラの右手を包む紅い光のサイズが30倍にまで膨れ上がったところで、アリス=アンジェラは右腕を振り回すのを止める。そして、巨大化した右の拳をアンドレイ=ラプソティとベリアルが一点集中攻撃している部分に向かって、その右の拳を振り下ろす。
「バーニング・グーパンをお見舞いしマス! これは『怒り』ではありまセン! 真の愛に目覚めてほしいがための『一喝』デス!」
アリス=アンジェラはそう言いながら、謎の肉塊の塔の中央部に右の拳を叩きこむ。謎の肉塊の塔は断末魔を上げながらも、それでもその塔の表面から細長い触手を伸ばし、アリス=アンジェラの身に纏わりつく。だが、アリス=アンジェラの肌に振れる触手からは『悪意』は消え去っていた。肉塊のひとつひとつがアリス=アンジェラに対して、感謝の念を伝えてくる。
アリス=アンジェラは今度ばかりは涙腺が崩壊し、両目から多大な量の涙を流す。それでもアリス=アンジェラは突き出した右の拳から神力を緩めることは無かった。謎の肉塊の塔を構成する全ての肉塊が浄化されるまではそれを止めようとはしなかった……。
「任務……完了デス。あなた方の想いは全てこのアリス=アンジェラが引き受けます。創造主:Y.O.N.N様。どうか、彼らに救いの手を差し伸べてくだ……サイ」
アリス=アンジェラは謎の肉塊の塔が光の柱となり、それが天に昇っていくのを見守っていた。聖女のように両膝を地面に着け、両手を祈りのために握り込む。彼女の身体に巻き付いていた細い肉の触手も段々と光の粒子へと変換されていく。
肉の触手群はせめてもの詫びとばかりにアリス=アンジェラの肌を光の粒子になりながら、下から上へと撫で上げていく。本当に余計なこととはコレにつきるのであった。アリス=アンジェラは祈りの真っ最中であるのに、うひっ! いひっ! ひゃんっ! と可愛らしい声をあげてしまう。