終局
4体のアンドロイドが新しく完成した。当初、少年はアンドロイドを再び作る気は全くなかった。だが、フランクが少年に構うことなく作業を進めるため、少年も仕方なく少し手伝った。不思議なことにやり始めると作業の手が止まらなくなった。元々少年は工作が好きということと、友人と過ごす時間は楽しいことに加えて、近い将来に感じる不安を考えなくてすんだからでもあった。今自分が進めている作業は、どう転んでも破滅の道だと感じていた。
完成した4体は、スクラップや盗品から作ったフランクよりもはるかに見栄えが良かった。少年は簡単に見分けがつくように、各アンドロイドの体を赤、青、紫、白色で塗装した。中身の人工知能はフランクと同じ雑誌の付録をベースにし、彼をそのままコピーした。これまでにフランクが経験したことや考えていたことが、そのまま反映されており、その4体とフランクとの駆け引きはまるで5つ子の会話を見えているようだった。
「あれ、明日の学校で使う絵具はどこにあるんだっけ」
と少年が問うと
「あっちだ」
と5体揃って言った。
「明日は2人1組でお互いの顔を描くらしい。嫌だな。おい、学校に来てペアになってくれよ」
と少年がフランクに冗談を言うと、彼は
「カッコよく描いてくれるなら行ってやるさ」
と返した。すかさず、赤、青、紫、白色の4体は、無塗装で錆だらけのフランクに向かって
「緑色に塗ってもらえ」
「黄色に塗ってもらえ」
「ピンク色に塗ってもらえ」
「黒色に塗ってもらえ」
と突っ込んだ。6人は互いの顔を見て大笑いした。実際には少年が笑い、即座にその感情を模倣して他5体が笑ったのだが。
完成した4体を叔父に見せた。叔父はこんなもんかと鼻を鳴らし、4体の顔と身体全体の写真を撮影した。
「こいつらに家事くらいできるように仕込んでおけ」
そう言って叔父は家に戻っていった。おそらく近所に宣伝するビラ紙を作るのだろう。
それから少年はフランクと納屋の掃除に取りかかった。少年はフランクとだけ掃除をし、あとの4体へは彼のデータを同期させればいいと考えていた。しかし、フランクは彼の友人たちといっしょに掃除をしたいと告げた。少年は断る理由を見つけられず、渋々それぞれに仕事を伝えた。フランクはほうきを持って掃き掃除、2号と3号は拭き掃除、4号と5号は散らばった部品の片付けと納屋の簡単な修理を行った。さすがに6人もいると納屋は狭かった。アンドロイド5体はインターネットからラーニングしているため、少年が掃除に関して教えることは全くなかった。5人の友人たちがふざけながらも的確な掃除を行う中で、少年は次第に口数が少なくなった。もはや少年が何も言わずとも、アンドロイドたちはそれぞれの感情に共感し会話が弾むにぎやかな集団だった。まさかそんな集団に属すとはと少年が思う一方で、どこか疎外感があった。少年の心の中にモヤモヤとした感情が湧き上がった。
叔父は2体のアンドロイドの売り手先を見つけてきた。そのうちの一件は叔父が常連の酒場である。洗い物も掃除も何でもできるとホラを吹いてきたらしい。しかも、今までのツケをチャラにするために、そのアンドロイドを無料で受け渡すらしい。もう一体も大して利益が出ない値段で酒場の客に売ってきた。
2体が出荷される日の夜、少年は5体と一緒に納屋で過ごしていた。5体は相変わらず、自己発言高レベルでにぎやかに会話をしていた。
「おい、青色。お前は明日から仕事だってな」
「ああ、俺にとってはお茶の子さいさいさ」
「酒場で酔っぱらうんじゃないぞ」
「俺が酔うのは、頭の上に雷が落ちた時だけさ」
5体は一斉に笑った。本当に頭の上に雷が落ちたら、足裏にあるアースは機能せず、一発でおじゃんだ。
少年はその光景を黙って見ていた。3号と5号がここからいなくなることは、とても寂しく感じられた。その一方で、少年のアンドロイドが売れて他人に評価されるのを小恥ずかしさと嬉しさも感じた。もし、評価されずに乱暴に扱われたり捨てられたりしたらどうしようか。いいや、大丈夫、フランクはこんなに素晴らしい親友なのだから。そう、フランクだけは絶対に売ったりしない。ぼくだけの親友だ。たとえ企業や政府に彼のコピーが何体も押収されても、この1号だけは手放さない。こいつだけはぼくが情熱をかけて0から作ったのだから。
少年はその夜夢を見た。フランクに買い手が付き、少年の元からいなくなるという夢だった。彼はまた惨めな生活を送らなければいけないのかと絶望した。いじめっ子に襲われる学校、警察や叔父から殴られる日常はもう嫌だった。
夢の中でフランクと少年は納屋で向かい合って座っていた。周りには彼らの他に誰もおらず、物音は一切しない。フランクは少年に言った。
「さよならだ」
「嫌だ、行かないでくれよ」
少年は泣きじゃくった。
「君はぼくの親友だろ。なんで誰か知らないやつのところに行くんだよ。一人ぼっちにしないでよ」
「さよならだ」
アンドロイドはそう答えるだけだった。
親友を誰かに取られるくらいだったら、彼はいない方がいい。少年は夢の中で親友を破壊した。
あくる朝、叔父がキッチンに入るとコーヒーが入っていないことに激怒した。少年の部屋に怒鳴りコーヒーを催促しても、少年から返事はなかった。こんなことは初めてだと不審に思い、階段を登って部屋を覗いても誰もいない。納屋にも誰もいなかった。仕方なく、キッチンに戻り、自分でトーストを焼いているとテレビから地元のニュースが流れた。
「本日未明、ショッピングモール建設予定地に複数のロボットが投棄されていました。警察はロボット廃棄業者が不法投棄した線で調べています。」
現場の映像も流れており、そこには来年完成予定のショッピングモールの骨組みが映し出された。カメラはモールにより、地下駐車場になるのであろう大きな地上の穴ぼこへズームした。映像が拡大されると赤や青や紫や白色に塗られたロボットパーツがその穴の底であちこちに転がっていた。
少年の叔父の二日酔いの頭でも何かがおかしい、と感じたらしい。叔父はトーストを片手に持ったままテレビへ近づき、直立したまま映像を凝視した。
「ロボットは何色かで塗られたあとがあり、操作の手がかりになると考えられています。はい、はい。今入った情報ですが、はい、捜査関係者によりますとロボットは正規品ではなく、何者か、素人により作られたもののようです。また、現場にはおもちゃと見られる人工知能も発見されました」
叔父は家の中で叫んだ。
「あの小僧、俺の売り物を捨てやがったな」
それから捜査は進んだが、犯人は見つからなかった。町の中には人工知能を持ったアンドロイドの心中か集団自殺という者もいた。
事件の真相は、アンドロイドによるものだった。少年が夢の中で感じた破壊衝動をアンドロイドが模倣し、1号は2号を、2号は3号を、それぞれ破壊した。最後に残った1号はひとり納屋の中で回想した。命を終えたものは穴に埋める。少年と一緒に埋めた食われかけのヤマガラの保存データが読み込まれた。1号は仲間を工事現場に葬った後に、穴の縁で静止した。長い時間そこに留まったが、ふと何か糸が切れたかのように穴の中へ落っこちていった。
少年は行方不明となった。叔父は憤りを隠す様子も見せず警察所に行き、早く少年を探せとまくし立てた。しきりに俺の物を奪った、捨てたと叫んでいたらしい。結局、少年は見つかることはなかった。
それから数週間がたち、久しぶりに起こった町の珍妙な事件の噂もとうの昔に忘れ去られた頃、酒場に外国から来た修理屋の男が来た。少年の叔父はビール片手にテーブルで賭け事をしている。修理屋の男のことなんてきっと覚えていないのだろう。男は、カウンターに座りちびちびとウイスキーをあおっている。
店主が聞いた。
「それで、お前さんがこの間話してた割り算の話。ああ、情熱の割り算、それだ。あれは結局、若者の心血を注いだ1号店が火事で潰れちまったんだよな。それで、若者はどうなったんだ?」
「ああ、あれはな、完全に消火し終わった後にな、丸焦げの死体が1体見つかったんだ。男のな」