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アンドロイド1号  作者: t005
3/5

交流

 「きみはぼくの唯一の友達だ」

と告白してから、少年は許す限りアンドロイドと過ごした。彼はアンドロイドを作ることに夢中で、アンドロイドである友人と何をしたいかなんて考えてもいなかった。一先ずアンドロイドには少年が持っていた本の一冊を渡し、それを読む間に最終調整を行った。

アンドロイドの右足のスタビライザーのネジを締め直しながら、アンドロイの名前を考えた。アンドロイドは今、「フランケンシュタイン」を読んでいる。なんでまたそんな本を人造アンドロイドに渡してしまったんだろうと軽く後悔しながら、少年は本の背表紙を見た。フランク、アンドロイの名前はフランクにした。

 フランクに本の感想を尋ねてみた。しかし、彼は作者の経歴や作中の様子をインターネット辞書から検索してしゃべるばかりで、自身の感想を言うことはなかった。少年は低レベルに設定していたアンドロイド自身の自由発言性を中レベルに変更するとともに、少年の本の感想をフランクに伝えた。

「ねえ、ぼくはフランケンシュタインの弟が殺されて、召使いが冤罪で裁判にかけられるシーンが駄目なんだ」

少年が物悲しくそう言うと、フランクも目の奥が寂しいような表情を見せた。

「ああ、誰も救われないものな。でも、それが社会の仕組みなんだろ」

アンドロイドがそう告げた時、その態度は冷ややかに感じられたが、紛れもなくアンドロイドとしての人言社会への意見だった。

 その日はそれから色々な話をした。別の本の話や、更に別の本の話をして、次第に少年は自分の話を始めた。アンドロイドを作るまでの苦労話、学校はつまらない場所だという話、少年の叔父はどうしようもないという話などだ。そして少年は彼の両親の話もアンドロイドに伝えた。アンドロイドは常に少年に寄り添い、また的確な反応を示した。納屋での話は深夜から早朝まで続き、少年は憧れていた友人との会話を終え、自分をさらけ出したことに少しばかりの恥ずかしさも感じながら、それ以上の幸福感に包まれた。

 学校でのいじめは相変わらずあった。しかし、少年はあまり気にすることがなくなった。ウデクミに物を盗られても、ミミタブにケラケラ笑われても、ボスに腹を3発殴られても、反応を返さなくなった。それは抵抗することを諦めたからではなく、少し物事を離れて見られるようになったからだった。今までがむしゃらに過ごしてきた退屈で単調な日常も、家に帰れば友人がいる、話し相手がいる。それが少年の楽しみになり、いじめられる時間はただ過ぎ去る時間だと認識した。

次第にいじめっ子たちも少年に飽き、3人は別のいじめ対象を探すようになった。いじめが少なくなると今度は学校での勉強にも集中できるようになり、元々勉学が好きだった少年は、インターネットで全てを検索できるフランクを教師とし、学校の試験でも好成績を示すようになった。これまで無関心だった学校の先生も、口に出すことはなくとも少年を勤勉な生徒と評価するようになった。

 学校から帰れば少年はその日にあったことをアンドロイドに話した。アンドロイドはインターネットにある知識に加えて、少年の周囲にある学校や町の人間たちに関する知識も得た。

「まだ図書館の電磁気学の本は貸出中のようだぜ、相棒」

フランクがそう言うと、少年はわざとらしく憤った。

「まったく、早く返せよな」

アンドロイドは少年の感情をコピーして言った。

「ほんとだぜ、百科事典の背表紙で叩いてやるか、相棒?」

「ははは、それはいいかもね」

「そしたらまず、君から叩かなきゃな。君だって、何冊も延滞してるだろ?」

アンドロイドは自由発言性から冗談を言い始めた。

「ぼくのは、ちゃんと読んでるよ。でも、他の延滞している奴らは借りてることすら忘れて、ただ机の上に積んでるだけさ。宝の持ちぐされだよ」

「確かにそうかもな。でもな、本は返したほうがいいぞ。君みたいな奴が、この町にはまだいるかもしれないだろ?」

少年はバツが悪そうな顔をして、その夜こっそりと数十冊の本を図書館の玄関前に戻した。

学校の期末試験も無事終え、季節が移り変わりつつあることに町を行く人々が気づき始めた、そんなある日、フランクは言った。

「納屋の外に出てみたい」

少年は複雑な気分になった。友人と外を歩くことはとても楽しいだろう。しかし、フランクは彼だけの友人だった。ここまで完璧に機能しているアンドロイドは世界にひとりだけかもしれない。町の皆は物珍しがり羨ましがるかもしれない。万が一、少年がフランクと離れ離れになったら、と想像するだけで少年は気落ちした。少年の憂いた表情を見て、アンドロイドも不安な様子を見せた。

 ある休日、アンドロイドと少年は座って読書をしていた。納屋に入る隙間風が外の虫の音を連れて心地よく吹いていた。すると突然、納屋の外で大きな音がした。少年はフランクに物陰に隠れるように指示して、納屋の裏戸を開けた。立てかけてあったハシゴが風で倒れただけだった。少年がハシゴを横にずらしていると、戸の奥からこちらを覗くフランクが見えた。少年の目を映す彼の顔には好奇心がうかがえた。

 少年がいる納屋の裏は絶対に人が来ない空き地だった。叔父ですらたぶんその存在を忘れており、雑草が生え散らかっている。空き地の奥はさらに裏山となっており、周りから見られることもない。

「大丈夫か。おいで」

少年はフランクを手招いた。フランクは緊張した態度で納屋の外に歩み出た。

 山からの風が少年の服をはためかせた後、彼に吹いた。動じずアンドロイドは周りを一度見渡し、つぶやいた。

「気持ちいいな」

少年の気持ちを反映させるとともに、こうしたタイミングで発する言葉の検索結果を総合した、アンドロイドなりの中レベルの発言だった。

「ああ、風が気持ちいい」

少年はおうむ返しした。

 穏やかな時間が過ぎた。少年は知る限りの雑草の名前を友人に伝えてみた。当然友人はその名前を検索できたが、常々反応を返してくれた。植物の名前の由来だったり、咲く花の色だったり、食べたときの味だったり少年の知らないことはいっぱいあった。少年が葉を摘んで匂いを嗅ぐと、フランクもそれを真似しようとした。しかし、その指は葉をつまむには大きすぎたし、彼は嗅覚センサーを備えていなかった。少年は、そんな友人をからかって笑い、友人もつられて笑った。

 それから、2人は天気の良い日には外で過ごすことにした。外で読書をしたりご飯を食べたりするだけで、開放的な気分になり、感情の上限が広がるようだった。少年が今まで感じていた「楽しい」という気持ちには、それを大きく上回る「楽しい」があったのだ。

 フランクと裏山の周辺を探索していたある日、少年は鳥の死骸を見つけた。おそらく機敏な肉食の小獣か、より大きな鳥に襲われたのだろう。片翼はなく、肉は貪られた痕跡があった。少年がしゃがみ見つめているとフランクが後ろから覗き込んできた。

「ヤマガラが死んでるな」

「うん、何かに襲われたんだろう。埋めてあげようか」

少年はそう言って、近場の傾斜になった柔らかそうな地面を手で掘った。最中、アンドロイドが聞いた。

「土葬をするんだな?」

「そうだよ、死んだものを埋めるんだ。それは土に戻って、また別の命に役立つのさ」

少年はそう言って、死んだ鳥を拾い上げ、斜面のくぼみに寝かせ、また土をかぶせた。アンドロイドに搭載された人工知能の高稼働音が聞こえた。インターネット上で検索された数ある弔いの方法を、少年が教えた土葬で上書きしたのだろう。

「さあ帰るか」

少年と友人は帰路についた。


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