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第六話 片輪車

 昔々。


 近江国(現・滋賀県)甲賀郡のある村で“片輪車(かたわぐるま)”という妖怪が毎晩のように徘徊していた。

 しかも、なかなかの騒音を立てていた。

 さらに片輪車を見た者には祟りがあり、そればかりか噂話をしただけでも祟られるとされ、人々は夜には外出を控え、騒音対策も兼ねて家の戸を固く閉ざしていた。


 ある時、美恋(みれん)という娘が、連日のように続く深夜の徘徊にブチ切れた。


「あーもー!!うるさくて寝られやしない!こうなったら、証拠動画でも撮って、警察に突き出してやる!!」


 正義感も強い美恋は、準備を行い、片輪車が来るのを待った。

 すると…


 ブロロロロロ…!


 大排気音を轟かせ、炎のタイヤを装着した一台のバイクがやって来た。

 それには長い黒髪をなびかせたクールな感じの美女が乗っていた。

 片輪車である。


「あれが片輪車…!」


「ん?」


(やばっ!)


 物陰からカメラを回していた美恋が、慌てて身を隠す。

 しかし気付いていたのか、片輪車はバイクを止めると、隠れたままの美恋に向かって言った。


「隠し撮りなんかしやがって、どこのどいつだい?」


「…」


「まあいいさ。あたしなんかを見てるより、自分の兄貴のことをちゃんと見ててやりな」


 そう言い残すと、片車輪は騒音と共にに去って行った。


「お兄ちゃんを見てろ?言われなくても、隠し撮りなら日常茶飯事よ」


 さらりと危ない発言を行いつつ、美恋は自宅へと帰って行った。


「ただいま戻りました、兄さん。お風呂がまだなら、私が背中を…って!?」


 見ると、日頃自宅では軟禁状態になっていた愛しい兄の巡の姿がない。

 慌てて捜しまわったが、煙のように消えてしまっているではないか。

 焦りまくる美恋は、ふとさっきの片輪車の言葉を思い出した。


『あたしなんかを見てるより、自分の兄貴のことをちゃんと見ててやりな』


 こうまで明確だと、犯人特定は容易だった。


「あんのドロボー猫!!」


 怒りに燃える美恋。

 しかし、ふと我に返った。

 ここで怒りに任せて追い掛けても、バイクに乗った片輪車には到底かなうわけがない。


「確か伝承では、子供をさらわれた母親が子を想って詠んだ歌に片輪車が感心して、子供を返して消えていったんだったわよね…ようし、それなら…!!」


 美恋は意気揚々と筆を握りしめた。


 そして、次の日の夜。

 またしても騒音と共に片輪車がやって来た。

 そして、美恋の家の前で止まる。


「……な、何だこりゃ!?」


 見れば。

 美恋の家の前に、派手なのぼりが並んだブースが一軒だけ設置されているではないか。

 しかも軒先には「新刊あり(ます)」「一冊十文(じゅうもん)」といった看板が並び、背後には美恋と思わしきヒロインが兄と思わしき男に抱擁されている特大の錦絵が掛けられている。

 けったい極まりない店に、さすがの片輪車も度肝を抜かれたようだった。


「いらっしゃいませ~!ただいま夏の新刊『美恋Loveダイアリー』販売中でーす!」


「は?え?新刊?」


「こちら見本でーす」


 強引に勧められた片輪車が、本の(ページ)を恐る恐るめくる。

 すると、そこにはドギツイ内容のドロッドロの兄妹の近親愛を描いた物語が展開していた。

 美恋が自慢げに胸を張った。


「どうです?これが私の兄への想いの深さです♡」


「……いや、フツーにサイコだろ、これ……」


 結局。

 巡の身を案じた片輪車によって、兄は保護され続けた。

 美恋はといえば…


「先生、次の新刊はいつ出ますの?」


「「早く読みたーい」」


「あの、私も…でも次は巡さん受けで、雄二さん攻めなんかも…」


 “七本鮫(しちほんざめ)”や“二口女(ふたくちおんな)”“コサメ小女郎(こじょろう)”といった一部のコアなファンを開拓し、締め切りと戦うようになったとか。


 腐女子の妄念は、おそろしきことなり。




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