第三話 精螻蛄
昔々。
とある町の風呂屋に、夜な夜な怪しいものが出現し、天窓からノゾキを働くという不届きな事件が立て続けに起こった。
それは決まって夜のみに出現し、しかも女湯のみを覗くという破廉恥な行為を働いていた。
これには風呂屋の主は大弱り。
そして、女性客は大激怒。
「お嫁にいけない!」
「美男子なら責任とれ!」
「ブ男なら命をとる!」
「ついでに股間のタマもとっちゃる!」
こうした殺意メラメラの女性達の声に押し出されるように、岡っ引き(昔の警察の一端を担う協力者)である巡は、犯人を捕まえるために動き始めた。
「やれやれ、ノゾキ犯をしょっ引くのなんて初めてだよ…上手くできるのかな」
そんな気弱な発言をする巡に、部下の余 見三が言った。
「もっと大きく構えるでござる、親分!この町の平和は、某たちの双肩にかかっているでござるよ!?」
「…やけに燃えてますね、余さん」
「当然でござる!女性の肌を盗み見るなんて、厚顔無恥な上に極悪非道でござる!」
「……」
巡の脳裏に何故か「ぶうめらん」という単語が浮かぶが、仕方なくそれを振り払う。
「とりあえず、逮捕するなら現行犯しかないですね。今晩は張り込みを行いますよ」
「合点承知でござる!」
こうして、巡は余と共に風呂屋の屋根を見渡せる場所で張り込みを開始した。
やがて、星が瞬き始める頃。
「ふぁ~あ…下手人現れないですねぇ。今夜は諦めたのかな?」
巡がそう言うと、不意に余が口許に指を当てた。
「シッ…聞こえたでござるか?」
「えっ?何ですか?」
「いま、何か物音が聞こえたでござる。もしや、下手人やも!?」
「何ですって!?」
「すぐに現場に向かうでござるよ!」
「はい!…………って待った!!」
急いで現場に向かおうとした余の襟首を、巡がしっかりと掴んだ。
「な、何をするでござる、親分!?」
「現場に向かうのはいいんですけど…その…いま、あそこに行ったら、僕達が下手人に間違えられませんか…?」
「そんなことを言っている場合でござるか!?」
「で、でも!あそこに行ったら…お、女湯も…丸見えに…」
真っ赤になる巡に、イラだったように余が頭をかきむしった。
「もおおおおおおおおおおおおッ!何を躊躇ってでござるか!ボヤボヤしていると、下手人に逃げられるでござるよ!?」
「わ、分かりました」
仕方なく、余に続く巡。
「あ、親分。そこの屋根瓦は割れているから気を付けるでござる」
「はい」
「それと、そこの屋根板は腐っているでござる。無用な音が出るので気を付けるでござるよ」
「はあ」
「そっちのルートは違うでござる!」
「えっ?でも、こっちに行った方が早く着けるんじゃ…」
「焦ってはいけないでござる。こっちのルートは人目につきやすいから、見つかる可能性が高いでござるよ」
「…そうなんですか?」
「あと、風向きも重要でござる。湯煙で肝心なシーンが見えなくなる可能性があるでござるゆえ」
「…」
「今日は月も出ていないから、ラッキーでござった。これなら安心して覗け…………ハッ!?」
それまで饒舌に喋っていた余が、我に返ったように恐る恐る巡を振り向く。
そこには冷たい目で立ち尽くす巡がいた。
「…余さん。何でそんなに色々と詳しいんですか…?」
途端に「やっべー」というように口を押さえる余。
そんな余の肩に、ポンと手を置く巡。
「ちょっと、番小屋まで来てくれます?」
笑顔ではだったが、巡にしては凶悪な握力と有無を言わさぬ迫力であった。
その後。
余罪がバレた余は怒り狂った女性達から私刑を受け、見せしめのために街角で磔にされたという。
いつの世も怒った女性は、あなおそろしきことなり。




