第一話 赤頭
昔々。
鳥取県西伯郡名和村に大層力持ちな男がいた。
その怪力は米俵を12俵まとめて運ぶほどだった。
「ぐわはっはっはっ…力でこの夷旛様に勝つことが出来る奴ぁいねーぜ!!」
その大男は、力をかさにしていつも大威張りだった。
そんなある日のこと。
夷旙がある寺で気持ち良く居眠りをしていると、一人の男の子が現れた。
男の子は5、6歳の子で、赤毛の大層可愛い顔をした子だった。
その子は、夷旛には気も止めず、トコトコと寺のお堂に近付くと、懐から一本の五寸釘を取り出した。
そして…
「えい」
可愛い掛け声一発で、釘はまるで自動くぎ打ち機で打ち込んだかの如く、深々と突き刺さった。
それだけではない。
「やあ」
深々と突き刺さったそれを。男の子は指の力だけで易々と引っこ抜いたではないか。
これにはさすがの夷旛も目を見張った。
「えい、やあ。えい、やあ」
しかも、男の子はその遊び(?)を何度も繰り返す。
これに触発された夷旛は、思わず男の子に声を掛けた。
「なあ、坊主。それ、俺にもやらせてくれるか?」
「うん、いいよ」
男の子はニコニコ笑いながら、釘を夷旛に手渡した。
その瞬間、
ズゥゥゥゥゥン
(重ッ!!くっそ重ッ!!何で出来てんだ、コイツ!!)
何と夷旛が手にした釘は、どちゃクソ重かった。
力自慢の夷旛でなければ、思わず取り落としていただろう。
すぐにでも放り出したくなったが、力にかけては意地もあった夷旛は、何とか指で摘まみ上げると、柱へと狙いを定めた。
「どぉぉぉぉぉせぇぇっい!!」
気合一発、力の限り釘を刺す夷旛。
が、
ズン!
釘は柱に刺さりはしたものの、先っぽがほんのり突き立っただけだった。
しかし、夷旛は額に血管を浮かび上がらせて、力んだ。
「ずおぉぉぉぉぉぉッ!!」
「ふんぬぅぅぅぅぅッ!!」
「こんちくしょぉぉッ!!」
力の限り力んではみたが、釘は微塵も動かない。
無理もない。
そもそも。釘がすんごく重過ぎたのだ。
やがて、夷旛は息を切らせて、額の汗をぬぐいながら、明後日の方角へ目を向けた。
「ふ、ふん!まあ、所詮はガキのお遊びだ。大の大人がムキになるもんじゃねぇやな」
ぴしっ
その一言に、ニコニコしていた男の子の額にやおら怒りの四つ角が浮かぶ。
「……ねぇ、おじさん」
「あん?何だ、チビ助」
ぴししっ
「僕と、相撲をとらない?」
「はあ?マジか?」
男の子から立ち上る不穏な妖気にも気付かず、夷旛は肩を竦めた。
「いいけど、おじさんはすんごい力持ちだぞ?」
「大丈夫。僕も強いから。ねぇ、いいでしょ?釘も打てないおじさん」
その一言に、夷旛の額にも血管が浮く。
「おい、釘宮。一度勝ってるからっていい気になってると、痛い目見るぞ?」
「そうだといいね」
バチバチ!
二人の間に見えない火花が散った。
「泣いても知らねぇぞ、クソガキ」
「おじさんこそ、後で後悔しないでよね」
そう言うと、二人はどっしりと腰を落とした。
「はっけよーい…」
「のこった…!!」
後の世に、村の人は言い伝えた。
「力持ちの夷旛は『鳥取県の星』になった」と…
あなおそろしきことなり。