巻之弐 「武芸者夫婦の誓い」
こうなってしまった以上は、娘の言葉も単なる幼子の戯れ言として切り捨てる訳にもいきません。
ある晩、夫と私は藍弥の部屋に泊まり込み、全てを見定める事にしたのです。
買い求めた金太郎人形が、どのような怪事を起こしているのかを。
そして、息子の身に何が起きているのかを。
「掃除を御願いしていた門弟の方々が、時折私に耳打ちしていたのです。『床の間の金太郎人形が、触れてもいないのに向きが変わっている。』と。それに時を同じくして、蔵でも妙な物音が…単なる見間違いや聞き間違いと聞き流していた自分が、今では恨めしく思われます。」
「今更悔やんでも詮無き事だ、茉穂…犠牲者が出ないうちに手を打てた事を、良しとせねばな。」
一応は床に就いた振りこそしたものの、私も夫も有事における立ち回りを演じ易くするべく、昼間の稽古に用いている道着と袴を身に着けたままでした。
「このような代物が効く相手かは分からないが…それでも私達は、立ち向かわねばならない。心得ているな、茉穂?」
「我が子を守るのは親として当然の務めですからね、養宜さん。」
夫は脇差し大の木剣、私は小型の薙刀。
布団の中には、各々の得物が忍ばせてあるのです。
「それにしても…かおるさんったら大丈夫かしら…?」
夫に応じた私が不意に気になったのは、別室に寝かしつけた長女の事でした。
今は藍弥の身に降りかかった怪事が優先とはいえ、あの子も私達の大事な娘である事に変わりはないのですから。
「かおるに関しては、先山君に御守りを頼んでいるだろう?今頃は落ち着いて眠りに就いているとも。」
気心の知れた紅一点の師範代は、私共の娘をまるで妹のように可愛がって下さっているのです。
かおるさんの御守り役には、正に最適なのでした。
「千光さんには、無理を言って泊まって頂きましたからね。」
私共家族の問題に巻き込みたくはなかったため、門弟の方々の助力は求めなかったのですが、かおるさんの子守役を務める千光さんまでには、よもや災いは及ばないでしょう。
何しろ、藍弥がどれだけ酷くうなされていても、かおるさんには何の異変も生じなかったのですから。
「それにあの子は…かおるは、私達が思う以上に強い子だからな。」
「そうですね、養宜さん。」
どのような存在が息子に危害を加えているかは見当もつきませんが、布団に忍ばせた得物の存在が、武道の心得のある私共の魂を鼓舞してくれていました。