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(3)

「まあ、息吹が妙で不思議なのは、今に始まったことじゃないから」

 小笠原との妙で不思議なやり取りを頭によぎらせ、答える。

 昼食を食べ終えた芽吹は、すくと立ち上がり大きく伸びをした。

 桜の幹に手を当てた。花がなくても、桜の香りがする。ザクザク無造作に切り込みを入れたような樹皮の模様を、指でなぞる。

 ――ああ、ごめん。電池が切れたみたい。

 誰のものかわからない声が脳裏に降ってきたのと、軽快なシャッター音が届いたのはほぼ同時だった。

「ちょっと、奈津美」

「視線はこっち向けなくてもいいから。さっきの表情すごくよかったよー。思わずこうしてカメラを構えたくなるくらい!」

「いいからカメラしまって。言ったでしょ、私は撮られるのは苦手なんだってば」

 芽吹の反応は想定通りだったからか、奈津美はすんなり求めに応じた。1枚でも不意打ちに撮影できて満足したようだ。

 久々に姿を見せたカメラに、華は大きな瞳をさらに大きく輝かせる。

「奈津美のカメラ、相変わらずすごい」

「うふふ。スマホのカメラもいいけどねー、やっぱりいざってときはこっちが馴染みいいんだよね」

 奈津美はカメラが好きだ。

 何せ芽吹や華へのファーストコンタクトが、「あとで被写体モデルになってほしいんだ。いい?」だったくらいだ。

 和風妖精の華に目を付けるのはわかる。どうして自分まで声をかけらえたのかは、いまだに謎だった。



「あー芽吹い、せいりつうはもう大丈夫?」

 非常に有り難い気遣いの言葉が飛び、放課後の玄関前の雑踏がいっせいに歩みを止めた。顔を引きつらせて振り返ると予想通り、購買を閉める息吹と目が合う。

 無視しようか、殴りつけようか、夕食に何か盛ってやろうかを一瞬のうちに考える。

 その間に、当の本人は邪気ない笑みを浮かべて芽吹の顔を覗き込んでいた。幸い周囲の空気はすでに元に戻っている。

「よかった。顔色はだいぶいいみたいだね」

「あんたね。公衆の面前でそういうこと言わないでよ」

「そういうこと? 何で」

「恥ずかしいでしょ」

「兄が妹を心配するのって、そんな恥ずかしい?」

 最近気づいた。息吹のこういったストレートな物言いは、時々すごく恥ずかしい。

 あと、息吹と話していると、よくよく話の主題がずれる。ちげーよ、と心中呟く。しかし毒気はすっかり抜けてしまい、まあいいやと一息ついた。

「お腹はもう平気。あとは帰って大人しくしてれば」

「俺もあと鍵を返すだけ。一緒に帰ろう」

「え」

「靴、履き替えていいから、外で待っててよ」

 返事をする前に行ってしまった。ゴーイングマイウェイも大概にしてくれ。

 数名からの好奇の視点を感じ、玄関に急ぐ。幸い、視線の中にイブイブ懐いていた女子生徒たちはいなかった。よかった。女子同士の諍いの火種になったら怖い。

 このまま素知らぬ顔で帰ると、「おーい芽吹い、またせいりつうで倒れてたりしないよねー?」なんて玄関前で吹聴しかねない。言われたまま待つしかなかった。

 一緒に帰るって、肩を並べて仲良く帰るという意味だろうか。なんかすごく駄目な感じがする。

 年の離れた兄妹って、こんなものなのだろうか。身近な例を見たことたないから、よくわからない。どこまでが普通で、どこまでが拒否すべきなのか。

 玄関口からも見えるだろうと判断し、昼食を食べた桜の木の下に赴く。

 幹を手でなぞる。不思議とこの動作が、芽吹の心を落ち着かせた。

 桜の葉の隙間に、キラキラと木漏れ日が光る。緑の香りが鼻孔をくすぐり、穏やかに深呼吸を漏らした。

「桜の木、好きなの?」

 声を主は、息吹ではなかった。

 久しぶりに目にした白い練習着姿が、何故かひどく眩しい。

「確か春にも、同じ文句で話しかけられましたっけ。マネージャー勧誘のとき」

「おー、覚えててくれたんだ」

「見知らぬ人から声かけられた経験なんて、なかなか忘れられないでしょ」

「はは、そりゃそーだ」

 芽吹の返しに、安達は会得したように笑った。

 背後には他の野球部員が困惑した表情を浮かべている。それもそうだろう。

 1か月前に突然辞めた元マネージャーに、嬉々として話しかけるエースピッチャー。違和感以外浮かばないのも無理はない。

「可愛い子がいるなあって、あの時は声をかけずにはいられなかったんだよな」

「そういうのはもういいです。これから部活ですよね。みんな、先輩を待ってますよ」

「冗談じゃないから。ちゃんと聞いて」

 静かに通り過ぎた風が、いつもの気安い空気を一蹴する。

 予期しない出来事が起こる気配に、心臓が低く胸を打ち付けた。

「戻ってきてほしい、野球部に。他の奴らも、みんなそう思ってる」

「……人手は足りてるはずですよね?」

「芽吹がいないと、俺の調子が出ない」

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