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 ありがとうございました。先輩が助けてくれなかったら……なんて、考えたくもありません。

 礼なんていい。中から変な音が聞こえたから気になっただけだし、俺が勝手に、助けたくて助けただけだからさ。

 そんなことないです。先輩、本当に格好良かったです。正義のヒーローみたいでした。

 正義、って言うか。だって俺はお前のことが。

 ところで、正義のヒーローに質問を1つ、いいですか。

「玄関のドア、どうやって開けたんですか」

「……」

「蹴破ったとか、ないですよね。鍵がガチャって開く音、確かに聞こえました」

「…………」

「それで、私は確かに家に入ったときに施錠しました。息吹に口が酸っぱくなるくらい言われたんです。施錠忘れだけは絶対にありません」

「っ、すみませんでした!!」

 文字通り、額を床に打ち付けた安達が、懐からあるものを差し出した。

 小さい頃から鍵っ子をしてきた芽吹は、すぐにそれがなんなのか察した。

 これ、うちの鍵だ。

「本当に、今まで黙ってて悪い。万が一のためってお前の家の鍵、渡されてたんだ」

「渡されたって、いったい誰に」

「わざわざこんな根回しまでする奴っていったら、1人しかいねーだろ?」

 ……息吹が?

 息を飲むと同時に、震えだしそうになる体をぎゅっと拳で抑える。

「外国に発つ直前に、急に呼び出されたんだよ」



 これは、テストだよ。

 そう言って差し出された1本の鍵を見て、安達はしばらく返答を忘れた。

「俺が側にいられない間、あんたが芽吹を守れ。その働き如何では、芽吹と仲良くすることを許可してもいい」

「……全部が全部訳わからねーんすけど。この鍵はどこの」

「うちの鍵だよ。万一何かあったときのため。絶対に盗られたりするなよ」

「おい!」

 さすがに口を挟まずにはいられなかった。非常識もここまで来るとただの馬鹿だ。

「あいつはそのこと了承してんのか? んなわけねえよな? あんたは家を離れるんだろ? そんなもん、あんたの独断で渡していいのかよ!?」

 投げた説教に、思わず私情が漏れた。

 芽吹を1人にするあんたが、今更何を心配してるんだよと。

 その私情を察したのかどうなのか、息吹はにっと笑った。

「あんたがこれを悪用したら、俺があんたを殺す」

 本気の殺意だと、本能が告げる。

 背筋が冷えるのを感じながら、次の瞬間には弧を描いて放られた鍵が手のひらに落ちてきた。

「ついでに、俺がいない間に芽吹に危害を加える奴がいたら、とりあえず半死半生の刑。これ、俺のよく当たる予言ね」

「……当たるじゃなくて、当たりにさせるの間違いだろ。でもまあ」

 その予言については、乗った。

 そう言って、安達は息吹にそっと拳を差し出した。

 交わされた拳は想像の何倍も重く、しばらく手の痺れが取れなかった。



 安達に告げられた説明は理解できた。

 それでも理解したはずのそれを拒むように、注がれた言葉が頭の中に巻き散らかされ、文字の破片が外に弾き出される。

 しばらく返事もなく床に視線を落とす芽吹を、安達は鉛を飲み込むような心地で見守った。

 それでも、沈黙に耐えきれなくなったのはすぐだった。

「本当に、申し訳ない。知らないところで鍵のやりとりがされてるなんて、気持ち悪いよな。やってることは、あの男と大差ない、よな」

「……そんなふうには、思ってません」

「芽吹?」

「鍵のこと云々で、先輩を責めるつもりはありません。でも」

 ぐっと流れ出そうになる言葉を耐える。ゆっくり言葉を咀嚼して、芽吹は慎重に口を開いた。

「どうしてそこまで、してくれるんですか。息吹の申し出だって、断れば済む話じゃ」

「そりゃ、お前が好きだからに決まってんだろ」

「やめてください。だって先輩、もうお付き合いしている人がいるじゃないですか」

 思わず責めるような口調になってしまう。

 しかし言葉とは裏腹に、安達の服の裾を掴む芽吹の手は、離れることはなかった。

「いやだから、さっきも言おうとしたけど、それって何だよ。誰かに変な入れ知恵でもされたのか?」

「入れ知恵じゃありません。私が自分で考えて気付いただけです」

「それじゃ、お前の勘違いだ」

「私を家に送った後、いったい誰に電話をかけているんですかっ」

 叫ぶような声を上げた後、芽吹は体が燃えるほど熱くなった。

 一体自分は何を言っているんだろう。何をこんな、子どもみたいなことを。

 どんどんと胸を叩くような鼓動に、乱れそうになる呼吸が堪らなく恥ずかしい。恥ずかしい。ちょっと消えてしまいたい。

「……」

「……?」

「っ……、ちょ、待て。やばいだろそれ」

 ようやく上げかけた視線とともに、安達の真っ赤な顔が飛び込んでくる。

 一瞬苦しそうな表情を浮かべ、芽吹の体がぐいっと引き寄せられた。熱く逞しい腕が、隙間を埋めるように芽吹を抱きしめる。

「妬いてくれたんだ。マジか。さっきの告白も、本当に本当か。すげー……めっちゃくちゃ嬉しい」

「は、話を逸らさないでください。電話の相手のことは、まだっ」

「……わざわざこんな連絡義務を強制する奴っていったら、1人しかいねーだろ?」

 同様の言い回しにもかかわらず、今回の答えにたどり着くには時間を要した。

「鍵を押しつけられたついでに、あの兄貴から命令されたんだよ。お前を毎日無事に送り届けること。送り届けた後にその都度連絡を寄越すこと。ちなみに今日の電話は、騒ぎが起きる前に留守電で済ませた」

「っ……」

「そんなに気になって仕方ねえなら、自分で毎日でも電話連絡しろよって言ったこともあるけど」

 それは無理。声を聞いたら帰りたくなるからさ。

「……馬鹿兄貴」

「本当それな」

 頬に流れる涙を、安達が掬う。

 どちらからともなく笑い合った芽吹たちは、再び身を寄せ合い優しい抱擁を交わした。

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