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第10話 約束を写真に結んで(1)

 荷ほどきもほどほどに、芽吹は息吹の首根っこを捕まえてリビングに招集した。

 話題はもちろん、帰宅と同時に待ち構えていた「谷浩太郎」という人物についてだ。

 顔立ちは日本人ながら長い金髪に、息吹と同じほどの上背。それにやや似つかわしくない幼さを漂わせる大きな瞳が、今でも強烈な印象を残している。

 正直、ここ最近の悩みが片付いたところに、新たな火種を抱えたくはなかった。

 それでも、このまま見ない振りをしていても、結局考え込むのは目に見えている。芽吹は腹をくくった。

「浩は、俺のカメラマン時代の相棒だよ」

 ずず、とココアを啜りながら、息吹は淡々と話した。

「20代前半で初めて海外に仕事に出て、先に現地入りしていたのが浩だった。歳も近かったし、一緒に行動することが増えて、気づいたら一緒くたに依頼を受けるようになった。最後の仕事の時も、現地で一緒に仕事をしてたんだ」

 この兄に相棒と言える存在がいたことに驚く。

 しかし、先ほど目にしたどこかマイペースな振る舞いを思うに、意外と似たもの同士で馬が合ったのかもしれないとも思った。

「そういえばあの人、さっき息吹の荷物がどうとか言ってたよね」

「うん。俺が荷物のほとんどを、現地にほっぽって日本に帰ってきたから」

「え、そうなの?」

「うん。仕事用の携帯もパソコンも、ハード粉砕して燃やして鉄くずにして、連絡手段も完全に絶って」

「え、そうなの!?」

「残った仕事も、その引き継ぎも、浩への説明も。全部全部ほっぽってきたからね」

「……咄嗟とはいえ、庇い立てするんじゃなかった」

 平然と社会人としてあるまじき行動を自供した兄に、芽吹は頭を抱える。

 1発の殴打じゃ温い。10発はお見舞いしてもいいほどの暴挙だ。

 でも、と芽吹は疑問を浮かべる。

 そんな、控えめに言っても最悪な「相棒」に、何故谷は会いに来たのだろう。

 数年来の付き合いとは言え、来日して、実家の住所まで調べ上げて、あんな言葉を残して。

「とはいえ、驚いたよねえ。浩ってば、髪が放置された小麦畑みたいだった」

「初めて会った息吹も、似たようなものだったよ」

「はは、そうだったかな」

 猶予は1週間、そう谷は言った。

 それはまるで、つい昨晩埋まったはずの心の隙間を、死刑宣告のように容易く引き剥がす。

 1週間後、息吹は彼の問いにどんな答えを返すのだろう。

「ねえ、息吹」

「うん?」

「今夜、何時に眠るの」

 意外な質問だったのか、息吹は首を傾げながら部屋の時計を見上げた。

「寝支度は整ってるし、この説明会が済んだら寝ようと思ってたよ。遠出だったし、明日は仕事もあるしね」

「私も、一緒に眠っていい?」

 少しの緊張をはらんだ問いかけに、無意識に膝をぎゅっと握る。

「よろこんで」と息吹は笑った。こちらの意図を汲み取ったかどうかは、測れない笑顔だった。



 翌日、部活を終えて制服に着替えた芽吹を、安達が待っていた。

 この時間になると夏でも辺りは薄暗く、空には星明かりが微かに浮かんでいる。

 校舎前の坂道を下りながら、今日の部活のことなどをとりとめなく話す。

 そしてふとした拍子に、安達が何かを噛みしめるように「よかった」と零した。

「先輩、よかったって……?」

「ん-、わかんね。しいて言えばこうやって、芽吹が隣を歩いてることかな?」

 照れ隠しなのか、大げさに頷く安達にくすりと笑みが上る。

 そんな反応に少し拗ねてみせた後、安達の視線がすっと芽吹の顔色をさらった。

「でも、さすがに疲れは取れてねーか。土日で撮影してとんぼ返りだったんだもんな。当然か」

「ですね。でも、お陰さまですごくいい写真が撮れたみたいです」

 写真のデータは、まだ奈津美に見せてもらえていない。

 自分の目で選別して、納得いく写真を見て欲しいから。そう言って振り返る奈津美は、子どものように無邪気に笑っていた。

「今回のモデルのことも、断らなくて本当によかったです。今までのままじゃ知らない世界を、見ることができた気がしますから」

「そっか。お前、頑張ってたもんな」

 そう言うと、安達の手のひらがそっと芽吹の頭に触れた。

 はっと小さく息を飲んだ音がどちらのものだったのかは、互いにわからなかった。

「っ……あの、先輩」

「あー、あれだ。約束したもんな!」

「え?」

「ほら、あの。カメラ恐怖症を克服したら……ってやつ」

 それは、モデルを引き受けるか迷っていたときに、2年生の廊下で無茶苦茶を言った時の口約束だった。

 まさか、覚えていてくれたなんて。

「よくやったな。やっぱすげーよ、お前」

「……先輩」

「ん?」

「安達先輩」

 2度目の呼びかけに、安達の表情が微かに色を変えた。

 幸い芽吹たちが下ってきた側の歩道は人もまばらで、暗がりでは人目に付きにくい。ぐ、と芽吹は自分を奮い立たせた。

「まだ、誰にも言っていない話をしてもいいですか」

「……ああ」

「私と息吹は、血の繋がりがありません」

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