表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/63

(2)

「っ……、あ」

 その声と差し出された手に、靄かかっていた思考がふっと明瞭になる。

「着替えお疲れさま。準備はいい?」

「ありがとう、息吹」

 見ると、先に車を降りていた息吹と華が、既に撮影の準備を整えていた。

 カメラとつなげるためのパソコンは既に屋外にしっかり固定され、小型の日よけの設置も済んでいる。

「息吹さん。必要ならこのタオル、使ってください」

「ありがと華ちゃん。腰のポケットにズボッと入れておいてくれる?」

「わかりました」

 てきぱきと小道具の準備をする華も、思いのほか息吹とスムーズな連携ができている。

 いつものイメージとは違う華のジーンズ姿も、とても格好良い。

「息吹さん、今日の日光の具合を考えてEV補正をしたんですけど」

「ん。何枚か撮ってみて、確認してみようか」

 同時に車を降りた奈津美は、いつの間にか三脚カメラで細かな調整を行う。

 試し撮りの写真を数枚確認する奈津美と息吹は、並ぶ横顔が凜と鋭い。

 そんなひとつひとつの周囲の光景が、クリアに見えてくる。すうと息を吸って、ゆっくりと吐き出した。

 よし。大丈夫。大丈夫だ。だってみんながいてくれるから。

「それじゃあ、できればサクッと撮影を済ませましょう。よろしくお願いします!」

 奈津美の音頭とともに、各々が役割の位置に着いていく。

「芽吹。足元かなり不安定だから、怪我のないように気をつけて」

「うん。わかった」

 確かに、想像以上に足元の砂利が大きく、しっかり踏みしめないとぐらつく。加えて今履いているのは、まだ足を通したばかりのミュールだ。

 慎重に踏み出したはずの足は、思いも寄らない方向へと滑りあげた。

 気づいたときは、ミュールの爪先は青く広い空をさしていた。

「……えっ」

 耳元にかかる熱い息。

「い、ぶき?」

「足、怪我するかもでしょ。向こうまで運ぶから、じっとして」

 それは昨夜頭痛を起こしたときに感じたそれと重なり、今自分が息吹に抱き上げられているのだと気づいた。

 一瞬突き刺すような親友2人の視線を感じだが、確かに息吹の言い分も一理あった。さらに、今ここで暴れて転倒したら息吹も怪我をしかねない。

「せめて、抱き上げる前に一言欲しいんだけど」

「そんなことしたら、芽吹は恥ずかしがって断るじゃん」

 沈黙で肯定すると、息吹は何故か嬉しそうに口元を綻ばせる。

「衣装なんて言うからフリフリしたドレスでも出るかと思ったけど、白いワンピースか」

「そんな衣装、私に似合うわけないでしょ」

「芽吹なら何でも可愛いって思うよ、俺は」

「はいはい」

 照れそうになる自分を振り切るように、素早く淡泊な口調を返す。

「モデルが主役の写真じゃないから、背景に馴染む色がちょうど良いんだって」

「なるほどね」

 立ち位置付近まで来た。声をかけようと口を開いた芽吹を、息吹は真っ直ぐ見下ろしていた。

「なんだか、シンプルなウエディングドレスみたい」

「え」

「はい。到着」

 結局、発するはずだった言葉は空に溶け、芽吹はゆっくりと地面に下ろされた。

「それじゃ、頑張って」

「……そりゃもちろん」

 遠ざかる息吹の背中を見つめる。

 奈津美のかけ声にすっと瞼を閉じ、廃墟の「記憶」となって目を覚ます。その間頭にあったのは、たった今向けられた視線だ。

 ウエディングドレスみたい。そう言う兄の目は、まるで思い出の写真を見つめるようだった。



 宿泊予定のホテルには、予定通り16時過ぎに到着できた。

「それじゃあ、18時の夕食の時間に迎えに来るね」

「うん。それまではひとまずお疲れさま」

 ぱたん。部屋の扉を閉じた瞬間から、この空間には芽吹と息吹の2人きりだ。

 よたよたと足を引きずった芽吹は、力尽きたようにベッドにダイブする。

「奈津美ちゃんたちの部屋は、この部屋の2つ隣みたいだね」

「……、……ぃ」

「うん。いいよ。思いの丈を叫んでも」

「いたい。痛い。足の靴擦れが、死ぬほど痛いぃ!!」

 憂さ晴らしに近い声量で叫ぶ。それほどまでに、この痛みは酷いものだった。最近の頭痛の方がましとさえ思えるほどに。

 撮影も終盤にさしかかり、一種のトランス状態になっていた時に踏み出した跳躍。その後着地。ぐっと留まった瞬間、弾かれるように我に返った。ほとばしる痛みによってだ。

 幸い、その直後に奈津美の「お疲れ様ー!」の声が響いた。痛みに震えそうになる声を抑え込み、笑顔で3人の元に戻ろうとする。

 そんな妹を止めたのは、やはり兄の声だった。

「お疲れさま。良い写真が撮れたよ。頑張ったね」

「そっか、よかった……」

「──芽吹が履いてたスニーカー、車から持ってきた。ミュールのストラップ外したげるから、じっとして」

 ここまでくると、息吹の察しの良さに驚かなくなっていた。

 外が暗がりになっていたこともあり、血が滲んだミュールは気づかれることなく荷物鞄にしまわれた。それでも、スニーカーに履き替えてもなお鈍痛が届いて、何度も声を上げそうになった。

「夕食までまだ時間あるし、ちゃんと手当てした方がいいね。俺、近所のドラッグストアで買い出ししてくるよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ