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(6)

「い」

 ぶき、と紡ぐはずだった言葉は、震える吐息になって溶けていく。

 薄いタオルケットと混ぜこぜになった体が、息吹の腕にぎゅうっと抱き締められていた。

 カーテンに淡く浮かぶ月明かりで、次第に暗闇でも目が慣れてくる。

 至近距離でかち合った胡乱な眼差しに、芽吹の心臓が大きく飛び跳ねた。

「っ、ちょ、息吹、あんた起きて……」

「起きてたよ。今日も、今までも、ずっと」

「え、嘘。ほんとに?」

「うーん、まあ、半分以上夢の中だったけど」

 ごしごしと乱暴に目を擦ると、幾分か意識がはっきりしたらしい。

 ベッドに横並びになった兄妹の図。うん、ひとまずこの構図を何とかしよう。体に巻き付いた腕をほどこうと試みるが、大人の男に敵うはずもなかった。

「ちょっと、私、抱き枕じゃないんだけど」

「芽吹さ。部活の朝練付き合ってるって最近早めに朝出てるの、あれって嘘だよね」

 ぎくり、と自分でも驚くほどわかりやすく肩が震えた。

 正直いつか気づかれると思っていたけれど、その前に自分の口で説明しようと思っていたのに。

「安達くんと最近特に仲がいいみたいだよね。もしかして、彼と密会してるとか?」

「みっか……、ち、違うっ」

「それじゃ、やっぱり写真コンテストの関係?」

 え、どうしてそれを。

 目を瞬かせる芽吹に、息吹が奈津美との会話を復唱してみせた。写真コンテストのこと、モデルのこと、写真の指南役のことも全て。

「奈津美……話したなら話したって言ってほしかった……」

「どうして、俺に話さなかったの」

「え、それは」

「俺が、カメラはもう撮らないって言ったから? それとも――」

「……息吹?」

 続きの言葉がなかなか届かず、顔を覗き込む。

 その表情は、まるで触れてはいけないような繊細さで覆われていた。一度躊躇しながらも、芽吹は慎重に言葉を選んで口を開く。

「話せなかったのは、息吹がカメラに抵抗があるって知ったから。知った直後に写真のモデルを引き受けるのを相談したり、カメラの指南役を頼むのは、無神経かなって思って」

「ほんとに、それだけ?」

「それだけ、って」

 他に何があるというのだろう。

 でも、その疑問をそのままぶつけることはできなかった。軽口で済ませるには、あまりに目の前の表情が弱々しかった。

 無意識に差し出した手で、息吹の髪を梳く。柔らかそうに見えたそれは、意外に芯が固かった。

 芽吹の手のひらに、息吹の頬が小さくすり寄る。こんなに近くにいるのに、1人で寂しそうにしているなんて。

 支えたい、と芽吹は思う。

 力になりたい。ほんの少しでもいいから。

「……ねえ息吹。カメラの指南役、やっぱり引き受けてくれないかな」

 口から滑り出た意外な誘いに、息吹は目を丸くした。

「それで、私の写真嫌いを克服するのを、そばで見ていてほしい」

「芽吹」

「大丈夫だから」

 ひやりと冷たい指先を、そっと包み込む。

「もし息吹に何かあったら、私が守ってあげる」

 いつか、誰かに言われた言葉だ。

 意図せず口にした言葉に、息吹はようやくふにゃりと相好を崩した。

「そっか。芽吹が、守ってくれるんだ」

「うん」

「……そっか」

 霞のような呟きが、互いのわずかな隙間に消えていく。

 息吹に抱き締められていたはずが、いつの間にか芽吹が抱き締めていた。

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