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(5)

 急に上がった制止の声が、芽吹の駆け足を留める。

 差し出された安達の手の長さだけ、互いの距離が担保された。それがまるで自分に置かれた距離のようで、芽吹の胸が苦しくなる。

「安達先輩……その、さっきは本当に」

「言うな。いいからとりあえず、これ」

「えっ」

 反対の手が持つものに視界を奪われる。スマホだ。たぶん安達先輩の。

「動画。撮ったから、見てよ」

 そういうと再生された動画は、既視感のある光景を流し始める。そうだ、これ、さっき自分が駆け回ってきた2年の野球部員の顔じゃないか。

 耳を澄ませると、先ほど安達の行方を教えてくれた面々がスマホカメラを向けられ、何かインタビューを受けているようだった。

『この写真を見た感想を聞かせてほしい。遠慮とかはなしな。率直なやつを頼む』

 ……え?

 聞き手の声は安達だ。そこでようやく気付き、はっと息をのんだ。

 そういえば、写真を安達に見せたまま、受け取ることを忘れていた。

『へえ、美人だね。……ってあれ、これ、もしかしてマネージャーか?』

『ふえー。来宮さんって、こうして見ると結構可愛いのな』

『何これ、お前が隠し撮りしたのかよ安達。撮りたくなる気持ちはわからんでもないけど、さすがに危ねーぞその趣味』

「……!」

 次々に語られる写真への感想に、胸がじんと熱くなってくる。嬉しい、と素直に思える。

 無意識に口元に添えていた両手をつつくように、写真がそっと差し出された。

「……以上。野球部2年の野郎どもの感想一覧でした」

「先輩……わざわざ、皆さんに聞いて回ってくれたんですか」

「まああれだ。やっぱ人数が多い方が、お前も信頼しやすいだろ? その方が、お前の苦手克服に役立つんじゃねーかって……」

「くくっ、見栄はってんなあ、安達」

 その時、後ろからひょいっと田沼が顔を出した。

「こいつ、来宮が他の奴らにも頼ろうとするんじゃないかって、気が気じゃなかったらしいよ。だから先手を打って、自分がインタビュアーなんて慣れないことしてな」

「え」

「たーぬーまー。余計なことばっか言ってんじゃねーっての!」

「お前をいじれるのは、来宮関連のことくらいだからな。ちったあ日頃の俺の苦労を知っとけ、マイペース人間」

 愉快そうに肩を揺らして、田沼はその場を後にした。残された芽吹と安達は、そのまましばらく沈黙に浸る。

「先輩、その、ありがとうございます」

「……別に。半分以上、俺のためだったからな」

 視線を逸らしながら話す安達は、子どもが拗ねるように唇を尖らせる。

 そういえばそんな表情、前は見せてくれなかった。些細な変化に気づき、自然と口角が上がるのを感じる。

「だから、さ。これからも何かあったら、俺のことを頼ってくれていいから。っていうか頼れ。これ、先輩命令な」

「……それじゃあ私も、後輩命令、してもいいですか」

「え?」聞き返す安達の声を耳に掠めながら、写真の端をそっと受け取る。

 一瞬だけ写真で隠れた芽吹の表情は、すぐにはっきりと安達の視界に現れた。

「私、きっとカメラ恐怖症を克服します。だからその時は……『よくやったな』って、思い切り褒めてください」

「っ……」

 ふわりと小さな花が咲く。

 その瞬間に立ち会ったような感覚に、安達は声が出ない。安達もまた思ったのだ。そんな表情、前は見せてくれなかった、と。

「先輩?」

「……わかった。約束な」

「はい。約束です」

 小指を出しかけて、慌てて引き留めた。

 子どもみたいな動作の一端を見た安達は、眩しそうに笑みを浮かべた。



「……息吹?」

 夜も更けた時間帯に、芽吹は慎重に部屋の戸を開く。

 すでに消灯された視線の先には、いつも通り瞼を閉じる兄の姿があった。

 よかった。今日もちゃんと眠ってる。

 この夜の個人特訓や安達の動画の効果か、最近は少しずつカメラ嫌いが薄れつつあった。

 長丁場になると無理だが、強張っていた表情も少しずつほぐれてきていると奈津美も言ってくれている。華は毎回撮影タイムと崩れる兆候を細かく分析していて、芽吹専属マネージャーのようになっていた。

 今夜も少しだけ、頑張ろう。ほっと胸を撫で下ろし、そっとベッドに背を向ける。

「っ、え」

 しかし、踏み出したはずの歩みが床に付くことはなく、ぐるりと宙を浮遊した。

「ぎゃっ」

「芽吹」

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