表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/63

(5)

「せん、ぱ」

「そんな時に、抱きしめたくなるようなこと言うなって言ってんの。……馬鹿」

 ほんの一瞬、視線が絡んだ。それが何かのスイッチのように、2人の頬を朱色に染める。

 重い鉛を飲み込んだような顔の小笠原は、何事もなかったように自分の席に戻っていった。



家に帰ると、息吹はすでにリビングでくつろいでいた。

「おかえりー。夕飯作ったけど、お腹空いてる?」

 いつもよりほんの少しだけ口数が多い兄に、自然と笑みが漏れる。

「うん。空いてる」

「それじゃ、準備するかな」

「ねえ息吹。今日はありがとう。すごくすごく、助かったよ」

 あえて触れないようにという気遣いだと、すぐにわかった。だから、芽吹は素直に感謝を告げることができた。

 あの時息吹の声が聞こえなければどうなっていたのか、想像もできない。

 普段はなかなか振り払うことが難しい兄への反発のようなものが、今はみるまに解けていく。

「言ったでしょ。困ったときは、お兄ちゃんが助けてあげるって」

「ん。本当だね」

 言葉通りの頼もしさを、不覚にも感じてしまう。

 あの時素肌を晒そうとしていた芽吹を腕の中に閉じ込めた温もり。その場所は、酷く居心地のいいものだった。

「でしょ。それじゃ、ご褒美ちょうだい」

 聞き返す前に、息吹が芽吹の顔を覗き込んだ。

 てっきりいつものふざけた緩い笑顔かと思いきや、目の前にあるのは感情の読めない澄んだ眼差しで、芽吹は一瞬たじろぐ。

「ご褒美、って」

「約束して。もう二度と、あんなふうに自分の体を安易に扱わない」

 吸い込まれそうに綺麗な瞳に、胸がぎゅっと苦しくなった。

「うん、でも、あれは」

「わかってる。きっとここの痣を見せようとしたんでしょ。肩にあるやつ」

 たしなめられているのに、その手のひらは驚くほど優しく芽吹の肩を撫でた。

「でも、それでもだめ。俺が嫌だ。だから、今度からはやめて」

「俺が嫌だ、って」

「芽吹」

 わざと冗談に舵きりをしようとした芽吹を、息吹は意に介さず断ち切った。

 本気だ、と芽吹は思った。

「返事は?」

「……わかりました」

「ん。ありがと」

「それじゃ、夕食にしようかー」満足げに頷いた息吹が、キッチンへいそいそ姿を消す。いつもの息吹だ。秘かに安堵すると、芽吹も手伝いに加わる。

「そういや芽吹、安達くんに告白されてたねえ」

 ……やっぱり、聞かれてたのか。可能性は0じゃないと思っていたので、表情を下手に動かさずに済んだ。

「あれは、そういうんじゃないから。息吹もあまり冷やかさないでよね」

 まるで自分に言い聞かせている気分になり、内心かぶりを振った。

 話題を無理やり終わらせようと、記憶をさかのぼり「そういえば」と務めて明るく告げる。

「息吹って、写真関係の知り合いなんていたんだね。初めて聞いたよ」

「んー、まあ、この歳になれば色々ね」

「ふうん。……まあ、私は正直、写真撮られるのは苦手なんだけど」

「そう」

 ふと自身の苦い思い出がよぎる。だからか、息吹の口調が固くなることに、気づくのが遅れた。「俺は、苦手じゃない」

「カメラは、嫌いだ。これからもずっとね」

 重い本心の言葉だと、直観で悟る。

 思わず見上げた表情からは、すでにその名残は消えていた。でも、気のせいじゃない。

 今のは、何?

 軽率に問いかけれないまま、聞き流す以外に術を見出せないまま、滑稽なほど普段通りに来宮家の夕食は終えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ