表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/63

(4)

 ――はい?

 呆気にとられた周囲をしり目に、安達は淀みない口調で続けた。

「だから、こういうことされると、まじで迷惑なんです。地道に距離を縮めてる最中なのに、こいつ、また俺を避けるようになるじゃないですか」

「あの、安達先輩?」

 何を言ってるんだろう、この人は。

「それと、これ」

 テーブルの上に無遠慮に出されたのは、ランニングシューズだった。見覚えがある。恐らく安達が使ってるものだろう。

 ただおかしな点がひとつ。シューズのつま先部分の靴底が、ぱっくり横にはがれてしまっていた。

「安達、これは」

「黙っててすみません監督。実は最近、こんな具合で嫌がらせを受けてました。と言っても、この靴が1番大きな被害ですけどね」

 突然の告白に、監督も顧問も目を見合わせた。その中で芽吹は、もしかして、と記憶を巡らせる。

 ――なあ、誰か、この辺りにいたか。

 もしかして、この靴の状態を発見して、あの質問を?

「ですから、きっと今回の写真も俺狙いの嫌がらせの一環です。こいつは関係ありません。こいつが辞めるなら、俺も一緒に部活を辞めます」

「先輩!」

 何を言い出すのか。慌てて大声を上げた芽吹に、安達は力なく笑った。1人で何者かの悪意に耐え続けた、疲れの色が見てとれた。

 次の瞬間、芽吹は自らのネクタイを首から引き抜いた。

「芽吹?」

 驚愕する安達を無視してベストのボタンをはずし、腕を抜きとる。

 周囲から制止の声が飛ぶ中、芽吹はためらいなくシャツのボタンに手をかけた。

 素肌が空気に触れる、冷たい感触。

 それと同時に包まれたのは、熱く大きな手のひらだった。

「ストーップ。校長室で生徒に一体何やらせてるんですか。先生方」

「……っ、いぶ」

 芽吹のはだけたシャツを覆うように、息吹の腕の中に収められる。

 馬鹿みたいに安心させられ、涙腺がどうしようもなく緩んでいった。

「い、いいえ。その、今のは来宮さんが自分から……」

「それほど、追い詰められてたから――なんて、俺みたいな学のない馬鹿でもわかりますよ」

 現に肩を小さく震わせる芽吹の姿に、先生たちは押し黙るしかない。

「ああ、そういえば。例の写真の真偽がつきましたよ」

 そう言うと、息吹は大きな茶封筒を弾いて渡した。怪訝な顔の先生方が中身を確認し、揃って顔を見合わせる。

「こんな鑑定書、いったいどうやって」

「俺の知人に専門職がいるんです。写真データを送ったところ、100%合成だとの鑑定結果が出ました。詳細はそちらの書類にある通り。何かご不明点は封筒の連絡先に欲しいとのことです」

 いつもに息吹からは考えられない、理路整然とした物言いが、今はひどく心強い。

 胸に閉じ込められている芽吹には、息吹の表情を窺うことはできなかった。

「さてと。安達くん、芽吹。そろそろ部活の時間なんじゃない?」



 結局、部活に直行するまで気持ちが回復せず、芽吹と安達は揃って保健室に留まらせてもらうことにした。

 話は息吹からすでに通っていたらしく、小笠原は何も言わず部屋の一角を開けてくれた。

「お前、どうしてあそこまでしたんだ」

 長い沈黙を切り裂いた安達からの質問に、芽吹は視線を落としたまま答えた。

「あの写真の私、左肩が見えてたじゃないですか。私の左肩、生まれたときからちょっとした痣があるんですよ」

 説明する口調はみるみる小さくなり、恥ずかしさに頬に熱が帯びる。

 咄嗟の勢いが消えた今となっては、先ほどの自分の行動は確かに信じられなかった。

「だから、その痣を見せれば、写真が嘘だってことの証明になるかと」

「馬鹿……」

 溜め息交じりに零す安達に、思わずむっとする。

「誰のせいですか。もとはと言えば、先輩が自分も辞めるとか無茶苦茶言うからでしょ」

「無茶苦茶はお前だ。そんなのわざわざ、あの場の全員に見せる必要あるか。中年の親父もいたんだぞ。せめて女教頭だけに見せれば済む話だろ」

「そりゃ、そうですけど」

 正論を真正面からぶつけられ、言い返す言葉もない。でも、あの時は。

「だって、仕方ないじゃないですか。ああでもしなくちゃ、先輩から野球を奪うことになってたんですもん」

 スカートがしわになるのも忘れ、ぎゅっと両手で握りしめる。

「先輩、野球大好きじゃないですか。私、ほんの少ししか見てなかったけれど、わかりますよ。だから、嫌がらせだって、1人でじっと耐えてたんじゃないですか。だから、私、もう夢中で」

「あー、もう、いい。わかった!」

 がごん、と大きな音が響く。

 作業机に向かっていた小笠原も、さすがに何事かとこちらに視線を向けた。

 ベッド脇の机に額を思い切り打ち付けた安達が、そのままの体勢で動かなくなっていた。

「え、安達先輩、大丈夫ですか」

「大丈夫じゃねーよ。お前のせいだ」

 いや、今額を打ち付けたのは、先輩自身だ。すぐさま浮かんだ反論は、垣間見えた安達の横顔に喉元で溶けていった。

「有りもしねー合成写真でっち上げられた直後だ。下手にお前に手出しするわけにはいかねーだろ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ