1.始まりを告げる者
本巣 崇
31歳、会社員。
彼女いない歴=年齢の童貞、独身。
そんな冴えない経歴の社畜リーマンの中の一人が…………
ドカッ!
トラックに轢かれ、死亡した。
幸薄い彼のたった31年の人生に幕が下りた。
だがこの後、彼は異世界へと転生し、第二の人生をリスタートさせる事となる。
新たな世界で新たな生を受け、やがて英雄と呼ばれる存在となってゆくのだが………、その物語がここで語られる事は無い。
本巣 崇という名前も忘れてもらって構わない。
なぜならば、この物語の主人公は………
先ほど彼を撥ね飛ばしたトラックの運転手だからである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『……ご苦労だった。"対象"の魂は無事、予定の世界へと届けられた』
「それはどうも」
『ではまた次の仕事が決まったら連絡する』
「へいへい。そんなに急がなくていいですよ~っと」
姿の見えない、声だけの上司からの指示が終わると同時に、俺の"商売道具"である大型トラックも一瞬で消えた。
俺はポケットからタバコの箱とライターを取り出し、一本咥えて火を付ける。
「………っふぅ~~~」
この嫌な仕事を始めて………いや、始めさせられて、かれこれ10年になる。
"表"の人間から仕事を聞かれれば『トラック君』と答えている。
この答えで大体の奴は運送屋だと勝手に理解してくれるが、実際にはそんなマトモな仕事じゃない。
俺の仕事とは、簡単に言ってしまえば"人殺し"だ。
もう少し詳しく言えば、俺の上司が選定した『異世界転生者候補』を殺す事。
俺が今まで殺してきた奴らは皆、その後こことは違う世界へ転生し、そこで勇者とか英雄とか呼ばれ、それなりに活躍しているらしい。
なんでも、こっちの世界で生前にキツイ人生を過ごしていた奴ほどその反動で転生の際に強力な力を得るのだとか。
だから転生者にはそういう幸薄い感じの奴ばかりが選ばれている。
ちなみに俺はこっちの世界の人間じゃない。
俺の名は、トレイグ・ラッカー。
こっちの世界に来て約10年。
表向きには天道 睦輝と名乗っている。
俺がこっちの世界にやってきた経緯とか、なんでこんな仕事やってんのかって話は………まぁ、おいおい語るとしよう。
仕事後の一本も吸い終えた事だし、とっとと帰って寝よう。
俺の予想では、どうせ明日の昼あたりに例の"上司"から次の仕事の話が来るんじゃないかと睨んでいる。
本当に嫌な仕事だ。