少女は夢を見る
木が燃え、動物は居なくなり、地面には死体がまばらに転がっている。戦場と化したその森の深部に横たわった祖父とその娘がいた
祖父は少女を庇い、負った傷を手で軽く抑えながら掠れた声で振り絞るように言った
「いいか…よく聞きなさい…」
少女は止まらぬ涙を拭いながら唇を噛んだ
「お前はここから逃げなさい…戦場では冷静な判断が自分の命を救う…私のことは置いて逃げなさい…」
納得できない。自分がおじいちゃんを置いて逃げれるのだろうか。いや、出来るはずがない。「でも」そう言う事を分かっていたかのように祖父は口を続けた
「お前は私の宝だ…これ以上大切なモノは失いたくない、さぁはやく…」
そう言って最後の力を振り絞るように背中を押した。
少女は立ち止まって最後に一度振り返りそこから黙って走り去った
銃声が聞こえる森を少女はひたすら走り続けた。涙を流しながら、けれども歯を食いしばって走り続けた
走るうちに少女視界は白に蝕まれていき…
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「はーいはいはい!朝ですよ〜!起きてくださ〜い!!」
男性の声が聞こえる。さわやかで若い男の声だ。
「んん〜…もう朝…?」
「お!起きましたねー!朝ご飯作ってるのでもう少し待っててくださいね〜!」
ベッドから体をゆっくり起こし、合わないピントを直す為に目を擦る。時計を見たところ8時だろうか、あくびをしながら立ち上がる。
「朝ご飯出来ましたよ〜!ばあちゃるくんは今日はお仕事ですからね〜!申し訳ないけど朝ご飯は一人で食べてね〜!」
自分の事を'ばあちゃるくん'と言った、体は人間、頭は馬面という何とも奇妙な装いをした男性はとても忙しそうにしながらスーツを着ていた。
「ん〜あい〜」力なさそうな返事をした少女は椅子に座り行儀よく手を合わせご飯を食べ始めた。
「ところで仕事ってどんな仕事なの?馬ぁ」
「ウビッ!え、えっとですね〜…あ!もう時間なんで!行ってきます〜!」
ふいに投げかけられたその質問に図星を突かれたような様子の男は急いで玄関を出た。
「行っちゃった…」ため息混じりに少女は呟いた。
朝から少女に元気がないのはひとりぼっちだからというわけではなかった
ある夢を見た。それはいつの頃かは少女自身も覚えていない、けれどもとてもはっきりと覚えている。
あの夢を見るときまって調子が悪くなる。それに加え今日何かがあったはずの日なのになかなか思い出せないので、少女にとっては最悪の朝だ
考え事をしているうちに朝ご飯を食べ終わり今日の動画を収録し始めた。
しかし。
「ああぁもう!!!!」
気分が良くないせいかゲームの操作が上手くいかない。今はまだ午前の10時半、二度寝しても大丈夫だろうと思い、撮影衣装のまま少女は眠ってしまった。
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いくつか夢を見た。それは祖父との楽しい思い出、時には祖父の宝を壊してしまった事もある。流石にその時の祖父は怖かったが決して感情論では喋らず'戒め'なるものを教えてくれた。
その'戒め'は少女の人生において価値観などに多大なる影響を与えた。そうして最後はいつも優しい声で「私はお前を応援しているぞ」と諭してくれた。
祖父はいつも少女の背中を押してくれた
少女はそんな祖父が大好きだ
その瞬間少女の目は輝きを取り戻し、ゆっくりと自身を包んでいく光に身を委ねた
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少女は目を覚ました。さっきとは違うはっきりとした意識の中で少女はもう一人同じ部屋にいる男の気配を疑問に感じた
まさかー
そう考えたと同時にクラッカーの爆ぜる音が部屋に鳴り響いた。
「お誕生日おめでとうございま〜す!!!!」
「……へ?」
「生放送中ですよ〜!もう〜、ほらもっとリアクションとって!!」
状況が読めない。馬面の男が言ったように今はカメラが回っている。どうやら生放送中で間違いないようだ。
自分の目の前にはイチゴやチョコのネームプレートが乗った大きなケーキが飾られている。どうやらこれは誰かの誕生日パーティらしい、でも誰の…?
部屋にはばあちゃると少女の二人しか居ない、ということは?
「あーーっ!!!!」少女が思い出したかのように叫ぶ
「そうですそうです!今日はシロちゃんの誕生日です!はいはいはい!」
ずっと引っかかっていたものが取れてスッキリとした'シロ'と呼ばれた少女は曇り一つない笑顔でカメラ目線でこう言った
「こんにちは!シロです!」
シロにはいつも応援してくれる人がいる。
シロにはいつも背中を押してくれる人がいる。
だから頑張ろう。
少女の頬にひと粒の涙が光った




