まだ終わりたくない世界で、神様は敗北しました。
ぼくのかんがえたきゅうきょくでさいこうのふぁんたじーせかい!
※GL要素は薄いです。皆無ではないので一応入れました。
科学とは理を操る力。
魔術とは理を崩す力。
そう、魔術師は言った。
科学とは知ること。積み上げること。
故に魔術も科学の一端である。
そう、科学者は言った。
魔術師は個で、科学者は集団だ。そこには根本的な次元の差があり、一人二人十人百人の超人魔人程度で覆せるものではない。
だから、幾ばくかの時を消費して魔術は科学に組み込まれた。
理は概ね最適化され、あらゆる人類種がその恩恵を享受した。
これは、その後の話。
元々、『神』とは魔術において『魔術生命体』とイコールだった。即ち、精神を完全に魔術行使に特化した存在である。大抵は信仰などの大規模な思念蓄積によって発生する非人間型だったが、一部の人間の魔術師もまた自己改造によって人間型の神性に至っていた。
それは自己を純化し単一の魔術に特化することに他ならず、つまり融通の利かない巨大な力を持った化け物である。その力の規模としては、『創世』の可否――己の為の異空間を創造できるか否かが、一つの基準とされていた。
後の世で人造される『神』は、人間に都合の良い現象発現装置だ。生命科学と洗脳技術と魔道科学の融合によって生み出された奴隷生命、否、最早ただの機械に等しいだろう。事実として、その形状からして人型のものなどまずいないのだから。
攻防において、重要なのは『射程』『威力』『速さ』だ。
『神性武装』である魔砲を思念操作で従えながら、機械的で露出の多い鎧のようなユニットを身に纏った少女は基本を思い返していた。
この時代の人類が何かをしようとするなら、必要なのは明確な目的だけだ。
手段、制御、運用どころか、発想すらも道具に任せた方が効率が良い。
目的すらも道具に明け渡す? そんなのは『神/化け物』そのものと同じだろう。……ああ無論、他者の目的へと干渉し『道具』にしようとする方法論も、その効率の良さから『発想代脳』はよく採用するのだが、それはまた別の問題――視点の差異の話となる。連続してはいるが別の学問だ。
だからこうして少女が思い返していたのも、基本的に意味のある行いではない。それは所謂趣味というやつで、つまり少女の目的の一つだった。要するに、こうした道具が生み出されるに至る根本にあったものの一つ――知的欲求だ。ある種の自慰と言ってもいいのだが、そういう下品な表現にはこの少女の目的は難色を示すだろう。
争いたい、暴れたい、あるいは勝ちたいという欲求と、無関係の他者に迷惑をかけたくないという欲求を両立させる人間もまた割と多い。特に少年少女や若者にはよく見られる。少なくともこの時代ではそうだった。
欲求があれば、商品が生まれる。その原理で開発されたものの一つが、いま少女の立つ『異空間』と、そこで行われる一対一、あるいは少人数同士、あるいは人数的不平等の下での『決闘』であった。
――『探査』より『予測』へ。『予測』より『戦術』へ。『統括』より『マスター』へ。
僅かずつ、軽快に小刻みに世界の理を揺らしながらシステムが走り、少女に行動プランが示される。そこに実現されるだろう理想を見て、少女はその上で対等な敵手を思い――
「この至福に感謝を捧ぐ――」
くすり、と笑みを漏らして。
「――我が命と欲望に従い、狙い放ち穿って全てを飲み込め!!
――神装《虚月超越の進撃光》!!」
この我が視野に映る素晴らしき世界の全てに、最高の賛辞と祝福を。
脳裏に抱いた無数の物語。心の内の決して少なくない幾ばくかを確かに占めるそれらを瞬きの裏に想起して、少女の笑顔はきっと輝いていただろう。
音声認識が少女の事前設定した詠唱を拾って、その符号に従って武装群が目的へとひた走り始める。
人間には反抗心が存在する。それはきっと、自我が自己を確立する上で必要なものだろうが、それはこの際一端置いておこう。
さて、反抗心というやつは中々に厄介な性質を有している。この世界この時代では多次元性と呼ばれるのだが、つまるところ反抗心そのものへの反抗心、その反抗心そのものへの更に反抗心、そのまた以下略といった複雑怪奇な性質が発露することがままあるのだ。
とはいえ、個人レベルで言うなら深度は1か2、精々3くらいが限度だろう。問題は社会レベルであり、つまり反対意見への反対意見への反対意見への以下略というループは膨大で、こいつはもう正確に数えるのも中々難しい。もちろん人間には、という但し書きは付き、『神』を用いれば現在視の魔術と思考=演算領域拡大の魔術の合わせ技でどうとでもなるのだが。
とにかく、人間には反抗心が多種多様に存在し、つまり現状のこの世界への反対意見も十人十色にあったりなかったり形が違ったりする訳だ。
そこそこ数のいる『神』への扱いを非人道的と誹る者、と一括りにしても、その思想から派生する目的は各々異なる。
つまり自分も同類と理解しながらも『神』の力を利用して状況を打開しようとする者、そういった流れをも疎んで『神』を放棄して暮らす者、前者の立場に立って後者を惰弱と非難する者、そのまた以下略等々諸々。
ちなみに、そんな彼らの攻撃的な反抗行動は、現在に至るまでその全てが世界秩序に押し潰されている。質量の差は無慈悲だ。非攻撃的なものは黙認されている。それもまた自由意志だから仕方ない。
少女は今日も負けた。アナログな音声認識に拘って戦う彼女はその時点で幾ばくかの一方的なハンデを背負っていて、それ以外の条件は大体相手と同一なのだ。当然勝てる筈がない。
少女もまぁ、『神』に頼るまでもなく大体わかっていた。
ただ、それと悔しさとはまた別の話だ。
だから少女は泣いた。それはもう、わんわん泣いた。ちなみに涙は『神』の一つが設定に従ってちゃんと回収している。体液は魔術的に重要なので、不用意に他人の手に渡っても困るのだ。意図的にやるならともかく。という訳で少女は安心して全力で泣ける。
一頻り泣いて幾らかすっきりした後、治癒魔術でその分の損耗を回復して、少女は対戦相手の同級生にお辞儀して家に帰っていく。同級生に性的愛情を向けられていることにはまだ気づいていない。
さて、空間転移で家に帰った少女は、疲れたのでとりあえず寝っ転がり、『仮装空間』で物語を堪能しながらテキストで会話し始めた。これが彼女の休息スタイルである。『精神分析』は今日も概ねグリーン、指示出しが始まる領域には至らない。尤も、物質的に飽和しきったこの世界で、『精神分析』が意見を述べだすイエローや、精神干渉や行動干渉をかけだすレッドに落ちる人類種もそうそういない。無論、その下のブラックとなると最早人為的にそうされない限りはあり得ないレベルである。
少女には匿名の『仮想空間』で仲の良い人物が七人程いる。趣味を同じくする同好の士達だ。尤も、今日は少女の他にもう一人しか来ていないようなので、三・四人を要するTRPGはできない。……いや、『神』を使えば不可能ではないが、そもそも今日は準備がなかったし、そこまでしてやりたい訳でもない。なので普通に駄弁るだけだ。こういう時間が、少女は嫌いではない。いや、むしろ大好きだ。
今日はどうだったとか、明日はどうだとか、実は変形機構を持っているのだとか、そんな他愛もない話が、いつもより人数の少なめな『仮想空間』に刻まれていった。
さて、『反抗派』について語ったならば、『管理派』または『幸福派』『冬の世界派』と呼ばれる一派についても語らねばなるまい。
ちなみにこの語句、様々な事情が絡み合った結果、三種類の呼称がほぼ同勢力で拮抗を保つという謎の状況に発展し、遥かな時を超えて未だ続く『きのこたけのこ戦争』に近い争いを引き起こしており、さらにその状況そのものが『きのこたけのこ戦争』参加者に二番煎じと揶揄されたりそれに反発があったりといった面倒くさい軋轢を産んでいたりする。
果てしなくどうでもいい目的の渦だ。主にこういう論争に参加するのは『反抗派』寄りの気質の人類種たちである。
『管理派』の思想とは、要するに完全な人間意思の『神』への依存化だ。意思を含めた世界を完全なシステム的な管理下に置いて、完璧な幸福世界を実現しようという訳だ。人生の意義を『幸福』に見出す視点からの、効率主義的な意見である。これは言わば、人類種の物語――人類史を完結させようという提案にも等しいだろう。
物質的にほぼ満たされ、飲水などは思念一つで魔術が発動して幾らでも手に入る世界だが、それでも自由意志を認めている以上は完全ではない。平坦ではない。故に幸と不幸の偏りはある程度残っており、運悪くも不幸側に振れてしまった者達の不満が『反抗派』や『幸福派』(『冬の世界派』)を産み、支えているのだ。
再度前提を述べ直そう。
魔術とは、人の意思に従い理を崩す力だ。
『仮想空間』とは疑似次元の一つである。あくまでも見かけの意味、視点による認識において、空間として成立するものに過ぎず、同時にそれ未満にも成り得ないものだ。
『異空間』もそうだが、空間系・疑似空間系の技術は魔術でいう『創世』と同系統と言われる。
だから。攻撃者の『神性』の魔術規模が『仮想空間』を凌駕すれば、こういった事態は発生し得るのだと――その特性から意識と辛うじて繋がりを保つ『神』の一つである『解答』が、少女に教えて警告する。
景色が一変していた。そして、少女と話し相手の姿もまた、『仮想空間』上のアバターでなくなっていた。
現実と同じ容姿で、少女は白く染まった世界を見渡す。
少女の身に起こった事態をそのまま当て嵌められるとすればだが――話し相手の本来の姿は、幼女型の電脳種だったようで、顔を真っ青にして震えている。少女はまず幼女に近づき、背に庇った。少しして、幼女も落ち着きを取り戻し、背中合わせとなる。
敵手は、公共の場でありそれ相応の強度を持つ『仮想空間』を塗りつぶせる『神』、あるいは魔術使いだ。戦闘に特化している訳でもなく、『神』の多くを使えない現状では勝算は限りなく零に等しいと、『解答』に教えられるまでもなく理解できた。
ごめんなさい、と幼女が呟いた。意味を問いただす暇は無かった。
降臨。
現れたのは一人の青年に過ぎない筈なのに、その威圧感に身体が震えた。世界そのものが青年に服従し、圧倒的な『神』の存在を本能の奥底から理解させられる。――『探査』より『解答』へ、正確な脅威判定の測定。魔力規模、対都市級。魔術規模、対界級。この男は道具を持っているのではない、青年そのものが『神』なのだ――つまり、『創世』級の神格魔術師。虚無の中に新世界を生み出せるレベルだ、疑似次元に過ぎない『仮想空間』を塗りつぶす程度朝飯前だったということだろう。
大人しく付いてこい、と青年は言う。……ああ、わかっている。――警告。されるまでもなくわかっている。付いて行っていい訳がない。碌なことになる訳がない。BADEND分岐の匂いがプンプンするのだ。目的と相容れない。だから、手で幼女を制する。制して、一歩前に出る。
手に取れる魔砲はない。だったら、この身体を砲身にしてやる。これでも魔力規模対準国家級、素の魔術でも僅かな足止めくらいは――無謀。……知ってる。だったら何だ。どっちにしろ、他に道は……
幼女が、ありがとう、と言った。――『想起』より。……ああ、そういえば、変形機構があるって丁度今日言ってたっけ。
原理は知らない。いまはどうでもいい。そんなことを調べる『解答』があるなら目の前の敵に振り向けろ。『発想代脳』よ全力で回れ。私はただ、砲と化してこの手に握られた彼女を信じ守りきるだけがいまここでの目的だ……!
『反抗派』で『冬の世界派』の青年とは真逆の思想から発する効率化に、彼は軽く複雑な表情を見せた。
「この朋友に感謝を捧ぐ――」
合言葉を紡げ。彼女は必ず応えてくれる。――彼女は必ず応えるだろう。……ふふっ。
「――我が命と欲望と共に、狙い放ち穿って全てを飲み込め!!」
二人分の魔力が重なり、絡み合い、相乗し、膨大な光が迸って、幼女の变化した砲身がさらに最適化されていく。
確かな手応えを胸に、少女は心のままに名を叫んだ。
「――神装形態《合わせ虚月の夢幻光》!!」
まだ終わりたくない世界で、神様は敗北しました。
結論から言うと、少女はその目的を無事に遂げた。
大体一分程度か。一時的に対国家級相当の力を得た少女と幼女は防戦に徹し、警察が来るまでの時間を見事稼ぎきったのだ。決め手は音声認識へのこだわりを捨てて普通に思念制御で戦ったことだ。表彰はされたが、少女としては若干微妙な心持ちは残る。頭では無理だったと理解していても、どうせならああいう時こそできるだけかっこつけたかったという想いは確かにあった。
とはいえ、一番はやはり安堵と達成感である。少女は幼女とついでに自分自身を守りきったと言っていい。父に褒められた時とても嬉しくて、その場では素っ気ないふりをしながら自室のベッドに思いっきりやったあ! と快哉を叫んだことは少女一人の秘密である。……と、本人は思っていた。――実際は契約による繋がりができた幼女が感じ取って微笑んでいたり、それ以前に覗いていた母が周囲に言いふらしたりしているので全然秘密ではない。そんなことを『探査』し『予測』した『神』に知らされた少女は思いっきり真っ赤になったという。
ちょっとだけ話に出てきた同級生は女の子という設定です。