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小説家になろう!

美の競艶

作者: さくらやま1234

時は宇宙世紀2XXX年。一説にはこの宇宙に社会と呼べるものが発生した創成期から有ったと言われ、みるみるとその勢力を拡大し続けてきた偉大なるロストミリティ一族。一族の現在の事実上の家長にして、それをもって現状世界の、否。この宇宙のありとあらゆる資本という資本、権力という権力を裏で仕切ることができている男は彼なり、と噂され、そして、事実その通りである偉大な存在。現代社会の光と闇、両方の実権支配者、6代目H・M・ロストミリティ・アルマンド社長、略してアルマンド社長は、本日357歳の誕生日を迎え、彼の周囲は今、まさに宴たけなわと、毎年恒例の1週間に及ぶ誕生日パーティイベントに華やかに沸き立っているのであった。


彼が最初に大規模な延命手術を受けたのは、まだうら若き28歳の頃。

当時技術は存在したものの、恐がって受ける者は誰もいなかった先進手術をアルマンドは鼻先であしらうようにやすやすと受け、そしてその時点で既にその後200年もの延命を手にした、と今に伝えられている。

その後も、彼は金に糸目をつけることなく、自らの身体に加工を加え、結果、357歳になる今も外見はまるで70代の矍鑠たる老人の姿で、自らの両脚で立ち、豪奢な自らの誕生パーティ会場を見下ろす貴賓席からの景色に目を細めては、満足そうに何度もゆっくりと頷いてみせているのだった。


そんなアルマンドを、胸いっぱいの不安をとても隠すことができないという様子で傍らで見守るのは、アルマンド筆頭秘書のモコスである。

モコスもまた、延命手術によって生き延びる存在の一人であり、その年齢は非公表ながらゆうに200歳は超えていると言われる。

ともあれ。

モコスの毎年この時期の不安は、ただひとつ。


今年のミスコンの優勝者の結果に、社長はなんとリアクションなさるだろうか…


この、たった一つの悩みこそが、知能指数試験結果が全生命体のうち0.001パーセントに入ると算出されたこともある超優秀な筆頭秘書、モコスの頭脳を一年の大半において悩ませる問題へと、いまや膨れ上がって来てしまっているのであった。

H・M・ロストミリティ・アルマンド誕生日杯、ミス・コンテスト。

このコンテストは記念すべき第一回目の歴史を実に298年前に遡る。あの、痛ましき第三太陽系太陽消滅事件などの数度の大規模な宇宙災害の年の自粛を除き、毎年アルマンド社長の誕生日パーティ週間のラストを飾って開催されている。今ではもちろん宇宙一有名な、ミス・コンテストだ。

最初の大会は、今では想像もつかないことだが、アルマンド社長の生まれ故郷の惑星に存在する世界のミスつまり未婚の女性(アルマンドの二つ返事の認可を得て、様々な理由での性別転換外科手術を受け済みの、今現在女性、というミスも含んだ)のみを対象として、一年をかけて予選が行われ、勝ち抜いた僅か5名がアルマンド邸に招かれ、勝者を決定するという非常に小規模なものだった。

しかし、それから10年もすると、まず、静かに口火が切られるかのようにアルマンドの惑星の科学者が開発した人工知能を備えた人工生命体がエントリー。…今思えば、この時点で、「ミス」という概念を改めて問うべき…であった、のかも、しれない。モコスは最早呆然と、の面持ちで大きなガラスの壁から、アルマンドより一歩下がって今年のミスコンの会場を見下ろし独り思いを馳せる。その年には話題作りもあってか、初の人間外参加となったうら若き乙女の姿をした人工知能人工生命体が、そのはち切れんばかりの魅惑的な「彼女」のボディを誇らしげに揺らし、苦笑や楽しげ、様々な笑顔の他の人間のミス達の拍手に見送られ、優勝台に立ち、きらびやかな冠を受けたものだった――


そして、そこから先は。すべてが堰を切ったかのように、なにもかもがなし崩しになっていった、のだ…。


モコスはこの一年だけでも何度落としたか数えきれない、この問題についての溜息をそっとつき、密かに肩を落とした。


アルマンドの出身惑星の社会は、この数百年というもの、宇宙に存在する別の太陽系、別の生命体集団の社会に続々とコンタクトを取り、そして一族の膨大な資本力はもとより、持ち前の立ち回りの巧みさとその場、その場の器用、かつ上質な舵取りとをもってして、信じられない速度でその権力地図を宇宙全域へと広げていた。


まことに喜ばしい事なのだが、ひとつだけ困ったことがあった。


こうして世界の地図が塗り替えられていくというのに、6代目H・M・ロストミリティ・アルマンド社長の毎年恒例行事誕生日杯ミスコン開催への意欲はいささかも衰えることが無く、結果、広がる勢力地図をそのままに、宇宙各社会からの<ミス>のエントリーを次々に受け入れざるを得ないという状況が出来上がってきたのだ。


秘書モコスが初めて、この問題について正面切ってアルマンドに申し出をせざるを得ないまでに追い込まれてしまったのは、時を遡ること遥か昔、第63回目の開催の為のエントリー希望者選考段階において、であった。

「社長。申し訳ありませんが、ちょっと次のミスコンについて、伺いたいことがありまして」

「なんだモコス。そのことはもう君に一任するといったばかりだろうに」

不機嫌そうに眉をしかめるアルマンド。

しかし、モコスにはここで怯めないのっぴきならぬ事情があった。

「…はい。ええと、確かに<ばかり>とおっしゃいましても今から18年前にはなりますが、<婚姻・性別>という概念自体が存在せぬ生命体の社会からのミスのエントリーをどうするか、という問題が発生しました時――その時は社長の方からじきじきに、<その社会の生命体の、生命の長さをだいたい三分の一くらいまで生きている、『自分はミスコンに出たい』という意思がある生命体はミスとして認める>…という基準を賜り、以後その基準に基づいてわたくしが独自に各社会、各生命体への当ミスコンへのエントリー許可を与えてきてはおりますが」

「だろうが。それ以上、何の問題があるというのかね?」

「…はっ。実はですね、今回のエントリー者のうち実に約2割のものの暮らす社会において、<水着>…という概念が無い、という現状が判明しておりまして」

<水着><無い>

という言葉を耳にするや、アルマンドの老練された眉がぴくり、と上がった。


「水着が…無いだと?」

その深い嘆息とともに魂から湧き上がるような不屈の灯を同時に備えた声音を、モコスは今でも昨日のことのように思い返すことができるのだった。

「…はい。まぁ、広い宇宙、海水浴や、プールに入る習慣が無い社会も多う御座いますから。ですので、当然、その社会には<水着>も存在しないと。こういうことになります。…ですので、予てから再考の俎に幾度も上っておりました」(と、モコスは彼にしては珍しく口を滑らせた)「…当ミスコンの水着審査パートにつきましてですね、これを如何したものかと…」

「モコス!」

思わず、秘書であるモコスの背が伸びるほど、アルマンドの語調は強かった。

畏怖の光を瞳ににじませるモコスをしかし、アルマンドはいつもの優しい微笑に戻って安堵させながら言葉を継いだ。

「モコス。…水着は無くてもだ。<海>はあるだろう?」

息をのんで、一瞬の間合いでしかしいえ、と反論しそうなモコスの貌を、アルマンドはしわくちゃの掌を示して優しくまあまあと宥めながら、言葉を継いでゆく。

「…海、に類するものなら何でも構わんのだ。例えば、景色を眺めに行ったり、のんびりする場所が何処にでも、ひとつやふたっつはあるでしょうが。ほら、釣りのような、原始的なアクティビティをするひらけた場所、だよ」

「…は、…はぁ」

モコスはエントリー者それぞれの暮らす社会についての知識を素早く脳内で照会しながら、不肖ながらも肯いた。

そんなモコスへとアルマンドは鷹揚と視線を遣り、こう通告したものだ。

「ですから、そういった場所に行く時の服装、身なり。…それが、すなわちその世界での<水着>…ですよ」

「んっ…?!あ、あぁ…はぁ」

モコスは論理的に腑に落ちた主からの言葉を、もう一度確認するために声に出した。

「…つまり、<それぞれの生命体がそれぞれの存在する社会でのいわゆる海っぽい場所に行く時の服装を、それすなわちおしなべて水着とみなす>…と」

「その通りだよモコス。その通り、だ。いいかねモコス。…世界中の人が、このミスコンに注目している。いくら時が移ろい、世界が姿を変えても、だ。<水着審査>だけは」

アルマンドはそこで深い、まさに、海のように深い息を吸い、そしてそれを吐き出す間をおいてから、続けてこう断言したものだった。

「…わしの目の黒いうちは、絶ッ対に、だ。<ミスコンの水着審査>だけは、無くしは、させん。いいかね」

「…わ、…わかりました」

第63回目H・M・ロストミリティ・アルマンド誕生日杯ミス・コンテストの一次審査通過者発表の記者会見の場で、筆頭秘書モコスがこのミスコンにおける<水着>についての新たな定義を世に詳らかにあかした際には、当然ながら大注目されている世界一有名なミスコンの格好のゴシップネタとして、惑星を超え、いくつもの太陽系をまたぎ大いに物議を醸したものだ。

いわく、

― そこまでして水着審査をしたいのか!?助平おやじにもほどがある!

― そもそもこんなのミスコンじゃない!性別が無い生命体の社会からまでどうして無理やりミスを選ばせる?

― 一昨年の準優勝者、Qs39niq23太陽系第4惑星出身のポポラスちゃんのその後が知りたい

― 海の無い社会への差別!断固として取り下げを要求する!

― ミスコン賛成!アルマンド辞めろ!賛成の、はんたーい

…等々。


そして、あれから更に幾年月を経て、今年。

熟れ熟れの肉体と、それぞれ自慢の人生の盛りの輝きを武器として、この広い宇宙全体から厳しい審査を勝ち上がってきた20数名のファイナリストたちが、ステージ上で清く正しく美しい火花を散らす、祝!アルマンド社長357歳記念、H・M・ロストミリティ・アルマンド誕生日杯、ミス・コンテストの舞台が今まさに、眼前で繰り広げられているのである。


コンテストは、ドレス、水着、伝統衣装の花道歩きを終えて、

自己アピールのスピーチ審査へと移っていた。


「あの娘、なかなか可愛いな」

突然声を掛けられ、半ばうつつ状態であったモコスははっ、と目を覚ましたように主、アルマンドとの会話に集中する。

「今、スピーチしているやつ…あっ、失礼しました、あの娘ですね、はっはぁ、確かに可愛い…といえば可愛い、かな?ちょっと可愛いというには難しい、かな?」

余りにも素直な感想を述べそうになったモコスは、アルマンドの静かな一瞥の気配に焦って言を改める。

「いっいえ、あのフサフサが可愛いことこの上ないですね。はい。<彼女>は優勝候補のいっこ…いや、一人、でして…」

冷や汗をかきながらもモコスは、ステージに堂々と立って多言語翻訳スピーカーを通し、環境問題と自国コロニーの歴史、さらにそれに倫理哲学を交えてユーモアをたっぷり絡めた、見事というほかないスピーチを立て板に水と披露している直径1メートルほどのタンポポの綿毛のような物体―ミスコンエントリーナンバー498798番、第5太陽系第9惑星コロニー出身、289hダダ6872おおお、を、やや言葉に詰まりながらかろうじて<彼女>と呼びつつ、主に応じた。

アルマンドはそれを聞くと満足そうにうんうんと頷いた。

「いやスピーチも素晴らしいし、見事!なによりこの声がいいな!うん、可愛い!」

(声、は多言語翻訳スピーカーの音声なんだけど…)

内心、とほほ、という感情を抱えながらも、モコスも全くでございます、と最上級の同意をしてみせるのだった。


ミスコンの様子は、宇宙中に同時生中継されている。

今でも変わらず、コンテストは物議を醸し続けており、人々は晴れの舞台上のファイナリストを入れ替わり立ち代わり、眺めたり、透かしたり。議論に花を咲かせる者たちもいれば。

可愛い、いや、全然可愛くないの言い合いになる者たちも。

ファイナリストのスピーチでよその生命体の社会の耳新しいお国文化を初めて知り、珍しがったり、感心したり。

旅行してみたいなぁ~と嘆息したり。

人権問題だ!と憤慨し、放送局にクレームを入れる者も少なくはなく。

そんな様子はモコスも聞き知っており、時折もしかしたら、と思わないでもなく。

― このひとは、あえてこうして、皆に世界について考える機会を与えるために…?

しかし、長年仕えても、その心の奥底を読めぬ主の横顔からは、ただ、

「うーん可愛いなぁ~、この娘もなかなかいいじゃない」

という親父丸出しの呟きしか、漏れてはこないのであった。


結果。

今年のミスコン優勝を見事射止めたのは、大方の予想通り、ふんわり綿毛のような柔らかボディ麗し、289hダダ6872おおお、その人(?)となった。


パーティがそのすべての日程を終え、スタッフや招待客それぞれがいそいそとお開き後の工程に移っていく様子を貴賓席から見下ろすアルマンドから、筆頭秘書モコスに早速パーティ終了後一発目の指示が飛ぶ。

「モコス。今夜のアフターパーティ、あの娘来るんだろ?」

各部署から矢継ぎ早に入り続ける、パーティ片づけに関する問い合わせに対応しつつ、アルマンドの指示に耳を傾けるモコス。

「あの娘…?!あっ、あぁ、あのデカ綿毛…いや、ミスコンの優勝者ですね、もちろん、来ます来ます」

「記念撮影の時に渡すプレゼント、気の利いた良いの用意しといてね」

「はっ…?!あぁ…ぷっ、プレゼント、ですね?はい、もちろんでございます、最高の笑顔がゲットできるプレゼントをすぐに」


モコスは忸怩たる思いを胸に、慌てて第5太陽系第9惑星コロニーで今、流行している最高と呼べるプレゼントは何か、を調べて会場まで配送し、プレゼント用に可愛らしく包装するように焦り気味で部下に指示を出しながら、すぐに迫ってくる来年のミスコンの募集要項の作成の事も頭によぎらせ、早くも微かな頭痛を覚えるのだった。

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