雨
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした、食べてくださりありがとうございます」
「いえいえ」
もう生きるのに必要な一年分の塩分を摂取した気がする.....俺は持参していたペットボトルの水を一気に飲み干した。
それから少し沈黙が訪れる。
日差しは暑いが今日は心地よい風がふき、子供達は帰った(きっと追いかけ回した俺のせいではない)ので風の音がよく耳に聞こえる。
俺はなんとなくダスティを見ると、相変わらず伏せて新垣さんの靴に頭を乗せている。
なんで乗せてんだろ?わかんないけどめっちゃ可愛い......
疑問に思ったので聞いてみた。
「あの、ダスティはどうしてずっと新垣さんの足に頭を乗せているんですか?」
「これですか?」
そう言いながら新垣さんはダスティの頭を撫で始めた。ダスティは目をつぶり尻尾をゆっくりと振っている。
「これはダスティが私の足の上に頭を乗せることにより、ダスティの向きや頭の動きを把握するためなんです」
「なるほど」
「それにこうして足にダスティの頭の体重が感じれると安心するんです......一人じゃないって」
「安心......?」
「はい、私は目が見えないから音と、匂いと感覚を頼りに生活しています。こういう賑やかな公園にいるときは風の音と、芝や木の植物の匂い、そして子供達の笑い声が聞こえて私一人ではないと感じれます」
でもたまに、と新垣さんは言葉を続ける。
「部屋に一人でいるとき、何も音もなくただ時間が過ぎていくと、私はこの世で一人ぼっちなんじゃないかって思うときがあるんです。皆私を置いてどっかに行っちゃったんじゃないかって.....誰かが話しかけてくれないと私という人間が存在するのかも不安になります」
「それで小さい頃はよく泣いて、両親や兄に抱き締めてもらって自分という人間がいる、一人じゃないって安心させてもらってました」
あははと少し恥ずかしそうに笑う。
「だから足にダスティの体重と鼻息を感じると、一人じゃないって安心出来るんです」
「......」
この世で一人ぼっち......自分という人間が存在がいるか不安になる......そんなこと思ったことなかった。俺もふと孤独を感じ、寂しいと思うことはある。今年の4月に独り暮らしを始めたから尚更だ。でもそこまでの孤独を考えたことも、感じたこともなかった。
なにも見えず、音もしない。そんな空間に一人でいたら、きっと同じことを思うのかな.......
「ごめんなさい、つまらない話をしてしまいましたね」
俺が考えていて何も言わなかったせいか新垣さんは申し訳なさそうに謝った。
「いえ! 俺も孤独感を感じたりしますが、そこまで考えたことなかったので......」
「ふふ、普通は考えないと思います」
新垣さんは笑いながらそう言った。
その時辺りが急に暗くなり、ダスティが頭を上げ空を見上げた。俺もつられて空を見ると大きな雲が頭上を埋め尽くし、青空を覆い隠す。そしてポツポツと降だした。
「雨?」
新垣さんが右の手のひらを上に向ける。そしてあっという間に土砂降りになった。
こんなときに夕立かよ! どこか雨宿り出来るところは?
周りを見渡す......が、雨宿りできそうな建物はこの公園にはない、じゃあ一番近くで雨宿り出来る場所は.....そう考えていると新垣さんが口を開いた。
「片桐さん! 傘は持っていますか?」
「折り畳み傘があります!」
「よかった! ではこれで! 私は家が近いので急いで帰ります! ダスティ、go!」
そう言って立ち上がり早歩きで歩き始める。
俺は折り畳み傘を新垣さんに使ってもらおうと思い、新垣さんを見たときにあることに気づく。
雨のせいで服が濡れて下着が見えてるぅぅううう!!!!! どしゃぶりバンザーァアアイイイ!!!!
心の中で万歳をする片桐良(19歳、童貞、変態)
がゲスい俺を止めるかのように紳士的な俺が考えを改める。
ジェントルマンは見ない!!! ジェントルマンはこういうとき決して見ない!!! 俺はジェントルマン!! 俺はジェ......んーCかな? いや、ブラで盛って実際はBかな? [服の上から胸の大きさを判断する10の方法]読んでてよか......じゃなくて!!!!! そして紳士はどこ行った!!
「待ってください!」
折り畳み傘を広げ走って彼女の右側に行き新垣さんが濡れないよう傘を持った。
「送って行きますよ!」
「え、でも片桐さん傘は??」
「一つしかないですがこの傘大きいんで二人で使いましょう!」
実際は大きくなく一人用の傘だ、むしろ俺には小さいくらい。だけど小柄な新垣さんに使う分には十分な大きさだ。新垣さん、こうでも言わないと断わりそうだからな。
「そうなんですか?でも送ってもらうなんて申し訳ないです」
「気にしないでください!気にしたら負けです!」
「でも......」
「でもじゃなーい!! はい行きましょ~」
俺は彼女が濡れないよう気を付けながら傘をさし、自らは濡れながら土砂降りの雨の中を歩き始めた。