会話
「チェア」
女性が短くそう言うと黒いラブラドールレトリーバーは一度飼い主の顔を見た後辺りを見渡し、俺のお気に入りの神秘的なベンチの方へゆっくり歩き始めた。
芝の上にあるお気に入りのベンチは水色で、約3人が座れる一般的な木製のベンチだ。
黒いラブラドールレトリーバーはベンチに近づき、空いていて座れるスペースに頭をちょこんと乗っけた。そして女性に「ここ空いてるよ!」と言っているかのように上目遣いで見つめた。
女性はラブラドールレトリーバーが止まったことを確認すると、少しかがんでその黒い頭を手でたどり、そして頭から手をずらし実際にベンチに触れ、座れるスペースがあることを確認した。
「ダウン」
女性がそう言うとラブラドールレトリーバーはその場に伏せる。 女性は右手でラブラドールレトリーバーの背中を撫で、伏せたことを確認するとベンチに腰を掛けた。するとラブラドールレトリーバーは女性の足の上に頭を乗せ、尻尾を体の下にしまいこむ。
その一連の流れを見て俺は感動と感心を同時に感じ、思わず微笑んだ。
「すごい.......賢いワンちゃんですね」
俺がそう言うと女性は
「そうでしょう? ほんとに賢い子なんです」
と初めて顔を緩ませて言った。
その微笑みは水で少し濡れた前髪が太陽の日差しで輝いて、ほんとに綺麗に俺の目に映りこみ、俺は思わず呟いていた。
「綺麗.......」
「綺麗?」
「あ! や! なんでもないです!」
「?」
うっわ! あなたの笑顔が綺麗で思わず呟いてたとか恥ずかしく過ぎて言えないぞ! とりあえず話をそらそう。
「え、えっとそのワンちゃん名前なんて言うんですか??」
「この子はダース・スティマティ、略してダスティです」
.....ダース・スティマティ......(∵)?
「か、カッコイイですね!!」
確かにかっこいいけど思わず声がうわずった。名前のセンススゴいな...。あ、でも俺も昔飼っていた金魚に近藤ジャイコフスキーって名付けてたから人のこと言えないか
女性がベンチの左側端に座っていて、右端には俺の大学の荷物や妹のパンツと海ガメが置いてある。俺は空いている真ん中に腰を掛けた。
女性は足元に伏せをして靴の上に頭を乗せているダース・スティマティことダスティの頭を左手で撫でいる。
「グッボーイ、ダスティ」
ダスティは気持ち良さそうに目を細めた。
「足首、どうですか?」
俺がそう聞くと女性は少し右足を持ち上げ、足首を少し動かした。次に足を下ろし少し足首に体重をかけたとたん顔を歪める。
「少しは動かせますが、まだ歩くのは難しそうです........」
「そうですか.......。せめて冷やすものか湿布があれば.......」
湿布とか持ってないしなー.......あ! 鞄にタオルがあるからそれ濡らして冷やすのに使えるじゃん!
改めて女性を見ると、ジーンズと白いTシャツというシンプルな格好だ。跳ね返った水のせいで所々濡れている。
右脇のお腹辺りも濡れて少し透けて色っぽくなっていて........せっかくなら胸mゴフンゴフン.......。
そんなゲスい考えは置いといて、今日は何もしなくても汗かくくらい夏日真っ只中だから少しこのベンチに座ってれば乾くだろう。
女性はポケットからシンプルな水色のハンカチを取りだし濡れた髪を拭きながら言った。
「このハンカチを濡らして冷やすのに使います」
俺は女性が足を引きずりながら水飲み場に近づき、再び勢いよく水が出て今よりビショビショなる姿が脳内に浮かぶ。
止めなきゃ!!.......ん? まてよ.........。今よりもビショビショになれば胸もぬry
再びゲスい思考になっていると女性が立ち上がろうとしたので思考を中断し俺は慌てて止めに入る。
「あ! 俺が代わりに濡らしてきますよ! 今は無理しないで休んでてください!」
「いえ、これ以上迷惑をかけるわけには」
「いいから無理しないで座っていてください!」
俺は自分の鞄から汗拭き用タオルを取りだし(もちろん本日未使用、バァブビーズもしてあるよ!)水飲み場に向かって駆け出した。