気持ち
「片桐さん......先ほどはまた怒鳴ってごめんなさい」
「いや、俺こそ嘘ついてごめんなさい」
「片桐さんは何も悪くないです! 気遣っていただいたのに......優しい気持ちで気遣っていただいたことはわかっていたのに、兄がびしょ濡れと言うまで私は気づけなかった......嘘をついてまで気遣ってくれたことに感謝する前に、気づけなかった自分に、何より気遣われなきゃいけない自分に腹がったってしまって......」
「ありがとうございますって言わなきゃいけないのに......」
新垣さんはそこで悔しそうに下を向いた。その姿を見て、先程まで倒れた克也の背中でお座りしていたダスティが立ち上がり、新垣さんの元まで歩いていき、新垣さんの右手をなめた。
新垣さんは少し微笑みダスティの頭を撫でる。良は新垣さんとダスティを見ながら考えていた。
[気にしないでください]、[仕方ないですよ]は新垣さんに言っても慰めにもならない、むしろ逆効果だろうな......なら何て言えば新垣さんは自分を責めることをやめてくれる?どうすれば楽になる?
あーもーわからない! とりあえずあの時思ったことを正直に言おう。
いきなり空が暗くなって雨が振りだして、まず雨宿りが出来る場所がないか探して、新垣さんに話しかけられて新垣さんのこと見たら......
「どしゃぶりバンz」
「え? どしゃぶりバン?」
あぶねぇええ!! 正直にどしゃぶりバンザーイ言うとこだった!! 正直すぎるわ!!!
新垣さんはキョトンとしてる。
下着のことじゃなくて、俺が思ったことは......
「どしゃぶりになって、その時目の前に傘がない知り合いと、傘を持っている俺がいたら、俺はその人に傘使わせて自分が濡れることを選びます。あ、目が見える見えないに関係なく!」
「あの時も同じで傘を渡そうとしました。でも新垣さんは足捻った時にもう他人に迷惑をかけっぱなしは嫌だと言ってたから、正直に俺が濡れて帰りますんでこれ使ってくださいって言っても使わないと思ったんです。だから嘘をついた」
「......」
新垣さんは黙って聞いている。
「ほんとは傘二つあったから片方使ってくださいって嘘つけばよかったんですけどね。でも、そうしなかったのは......」
もっと一緒にいたかったから......
ドクンと心臓が跳ねる音が聞こえた。自分自身がそんなことを思っていたことにも驚く。
俺は何言おうとしてるんだ!? もっと一緒にいたいなんて告白みたいなこと......ってこの感情は......
「片桐さん」
「ふぁい!!」
いろいろ考えてるときに名前を呼ばれて驚き声が裏返る。
「そうしなかったのは......なんですか?」
「あ、や、いや、あ! そうだ! 鼻から食べるラーメン早食いの大会に参加するんでした!! わぁなんともうこんな時間!!! 大変だ急いでいかなくちゃー!! それでは失礼します!!!」
「え、ちょっと! 片桐さん??」
良は走ってデイダラボッチ逆井をあとにした。お店を出た頃にはすっかり雨も止んでいて、良は恥ずかしさと自分の気持ちに困惑しながら全力で帰路を走った。