兄と嘘
「ただいま?」
新垣さんの言葉に良はきょとんとした。新垣さんは振り返ってあれ?と言う。
「言ってませんでしたっけ?」
「や、聞いてません」
「すみません......言ったつもりになってました」
申し訳なさそうに肩をすくめる。
良が驚きましたと言おうとしたとき、店の奥から人影がこっちに走ってくるのが見えた。その人影は
「りーーーーんちゃーーーーん!!!!!!!! お帰り!!!!!!!!」
と絶叫した。
良はまたもやポカンとする。
いきなりの絶叫に驚いたダスティはその人物を見ると初めて足を広げ体勢を低くし威嚇の構えになった。そしてグルルと威嚇時の声を出す。
ダスティ威嚇するんだ.....あとトロロのおばあちゃんが〇いちゃん呼ぶときみたいな言い方だったな......この人が新垣さんのお兄さん?
その人は身長175㎝くらいの筋肉質な体型で、ショートヘアのパッチリ二重のイケメンだった。目元やアゴのスラッもしたラインが新垣さんに似ている。
半ズボン、赤のタンクトップを着ているのだがデイダラボッチ逆井とロゴの入った赤色のエプロンを着ているせいで裸エプロンにしか見えない。
「お兄ちゃん!! 恥ずかしいから大声ださないで!」
「はっはっはっ! いいじゃないか! 最愛の妹を見て嬉しくて声がでかくなっても!」
「よくない!!」
「ダスティもお帰り~! ほら撫で撫でしてあげよう、んーいい子だ、んー痛い、痛い痛い痛い、お前の愛が痛いぞ」
「グルルルル!!」
お兄さんはしゃがんでダスティを撫でているが、ダスティはお兄さんの手に噛みついている。だが噛まれていることも気にせず笑顔のまま噛まれていない左手でダスティを撫で続ける。
強烈な......兄......たしかに強烈だ......
「ところでお前は誰だ?」
すくっと立ち上がり、先程とはうってかわって真顔で良に質問した。身長170㎝の良は少しだけ視線を上にする。
お兄さんの視線は力強く、何故か殺意がこもっている気がする......そして相変わらず右手はダスティが噛みついたままだが大丈夫なんだろうか......?
「え、えっと、片桐良って言います。近くのポグワーツ理系大学に通ってます」
「凛とはどんな関係なんだ?」
「え?」
「ちょっとお兄ちゃん! 何聞いてるの!」
「黙ってなさい凛、今とても大切な話をしている」
先程の甘い、優しい声とは違い重みのあるドスのきいた声で話す。
「え、えっと......関係というか......」
「お兄ちゃん! 片桐さんは私が足首捻ったときに助けてくれた人なの!」
「一昨日か、そう言えば男の人に助けてもらったと言ってたな」
お兄さんの殺意はこれでなくなるかと思ったが、相変わらず視線には殺意が溢れている。
極度のシスコン!?
「それ件は妹が世話になった、だが何故ここに妹といる?」
「それは「私がお礼したいって言って! 会ってたら雨が降ってきて、私傘無かったから急いで帰ろうとしたら傘持ってた片桐さんが送ってくれたの!」
事情を説明しようとしたら新垣さんが話してくれた。
「だからびしょ濡れなのか」
お兄さんは良を見て言った。
「びしょ濡れ?」
その言葉に新垣さんは反応する。
「凛、お前も服が濡れてる、下着が透けてるから早く着替えてきなさい」
「そんなこといい! それより片桐さんびしょ濡れってどういうこと?」
「よくない! 下着は他人に見られることは恥ずかしいことだって教えただろ」
端から見たら裸エプロンのお兄さんも恥ずかしいのでは......そしてさっきから新垣さん怒っていたが俺が濡れていることになんかさらに怒ってる......?
「私は下着が見られることがわからないし恥ずかしいと思わない!服も下着も体に着ける物でしょ? 服は恥ずかしくないのに下着は恥ずかしいの? それより片桐さん! 傘大きいから大丈夫って言いましたよね!!」
下着が見られて恥ずかしいと思わないんだ......いや、きっと俺も目が見えなかった同じことを思うかもしれない。新垣さん怒ってるな......嘘ついたことにたいしてかな......?
お兄さんは良が持っている小さな折り畳み傘をチラッと見た。
「私が目が見えないからわからないだろうって嘘ついたんですか!!私は片桐さんがびしょ濡れになって一緒に歩いてるのを知らないままのこのこ家まで来たんですか!! お礼をするはずだったのに!!」
「凛、落ち着け」
ダスティは新垣さんの大きな声に噛むのをやめ、新垣さんを心配そうに見つめる。
「どうして......」
新垣さんは叫んだあと今度は涙目になった。
俺はよかれと思った嘘でそんなに傷つけるとは思わず、言葉を失ってしまった。
「凛、いいから着替えてきなさい。お前が恥ずかしくなくても、お前の貧乳が片桐さんにばれるのは恥ずかしいだろ? まて、まて落ち着け! 悪かった! お兄さん悪かったからそのハサミを下ろしなさい! それは花を切るためにあってお兄さんを切るようじゃない!!」
新垣さんはハサミを下ろすと、泣きながらダスティと店の奥に歩いていった。