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第1話

「ティセラ―――――ッ!」

 夜空には蒼月アルカーシャが、波の音すら聞こえてきそうな程に近くに見える。その脇には常に、アルカーシャの半分くらいの大きさの紅月ヴィエルジュが炎を纏い鎮座している。二つの月の光が交わり、淡紫のヴェールに私たちは包まれている。

「ティセラ―――――ッ!」

 この淡紫の光を浴びて、人は魔力を得る。もちろん魔力を得たとしても、扱えるかどうかは個人の資質次第だから、誰もが術師になれる訳ではない。ここアストレイア王国は魔法王国と通称されるくらいだから、他国に比べると圧倒的に魔法技術の研究は進んでいるし、術士の人口も多いのだけれど。

「ティセラッ!!聞いておるのかッ!?」

 バンッ、と机を叩いてこっちを睨みつけているのは、おとーさま。おとーさまの肩書きは、アストレイア王国の国王だ。そういうわけで、私―名前はさっきからおとーさまが連呼してるようにティセラっていうんだけど、この国の王女ってことになる。年は14だけど、魔法の資質が高いのを認められて大学に籍を置いている。今着ているのも大学の制服で、紺色のカラーのついた膝丈まである上着と、そこから覗くくらいの長さのプリーツスカート。術士としてのランクごとにタイの色が分けられていて、私は3等級にあたる桜色のタイを胸元でリボンのように結んでいる。いかにもお姫様っていうドレスは動きづらいし、大抵はこの格好だ。

 そういえば私はおとーさまに執務室へ呼ばれていたんだっけ。

「うっさいなぁ、もう。話って何よ。」

「なな何だその言葉遣いは!何度も言うようだがおまえにはアストレイアの姫としての自覚が足らんのだ!!姫ともあろうものが・・・」

 ひらり、と白い蝶の群れが舞うようだった。机の上に整然と置かれていた書類の山が、叩かれた衝撃で空を舞っていた。

「無銭飲食だの、公共物の破壊だの一体どういうことだぁ!!」

 ・・・白い蝶は請求書の山だったようだ。

「そんな細かいこと気にしてるから、その年でヅラなのよ。」

「誰のせいだと思ってるんじゃぁ!!!」

 おとーさまのヅラが、ずるりとズレた。側に控えていた大臣’sの顔に縦線が入る。

 ヅラという真実をひた隠しにしているおとーさまは、青くなったり、赤くなったり、夜空に浮かぶ二つの月のよう。魔力はまったく感じないけど。

 即座にヅラの位置をなおすおとーさまだったが、大臣’s皆知ってるから。

「どうしておまえはそうなんだ。カイトはあんなにもいい子なのにィ。」

 あ、泣いちゃった。ちなみにカイトってのは私の双子の弟だ。二言目にはカイトカイトって、正直ウザイ。

「明日はフォルツァーノ王国から親善大使としてジャスティン王子がいらっしゃるというのに・・・もうわが国は お し ま い だ ア ァ ァ ・ ・   ・」

「っていうかぁ、そんなにカイトがいいんならジャスティン王子のお相手はカイトがすればいーんじゃん?」

 フォルツァーノってのはアストレイアの近隣では一番の大国家。うちみたいな弱小国家なら、ぜひともお友達になっておきたいんだろう。アストレイアなんて田舎で古くさい魔法王国と違って、フォルツァーノは最先端の科学技術を誇っている。首都グランティシアでは、空に

船が浮かび、夜も光に溢れた眠らずの都市として有名だ。そしてなんといってもカジノ!カジノがあるのだよ!!いいなぁ、行ってみたいな・・・

「カイトがいれば勿論無論当然のようにそうしておるわ!だがな、親善のためのパーティーは『夜』行われるのだ!!おまえが出るしかなかろう!?」

「えー、めんどくさ・・・」

 カイトはパーティーの時間には出てこれない。明日の夜、用事でいないとかそういうことじゃなくて、『夜』彼は存在することができない。逆に私は『昼』存在できない。どういうことかって?詳しく説明するとものすごく長い話になるんだけど、まっ、簡単に言えば私たち呪われちゃってるのよねー。私とカイトは二人で一つの時間を共有―昼はカイト、夜は私、入れ替わることでこの世界に存在しているのだ。

「ティセラよ、頼むから問題を起こすでないぞ。もうおまえは何もしなくていい。何も喋らずただニコニコしておればよいわ。頼むから、それ以外のことはしないでくれ・・・」

 そんなこと言われても、そっちのが疲れるじゃん?と反論しようとして、私はすっごくいいことをおもいついてにんまりと笑った。

「おっけ。いーわよ、おとーさまの言うとおりにするわ。そ・の・か・わ・り!言うこときくから、今度グランティシアに遊びに連れてってよね。いいでしょ?」

「うぬぅ・・・」

 おとーさまは口ごもった。よっしゃ、あと一息でこれは落とせると見た!

「ティセ、夜しか出てこれなくて、ホントは寂しいの。おとーさまがカジ・・・いえ、グランティシアに連れて行ってくれたら、ティセ、うれしい☆」

 ちょっと上目遣いにうるんだ瞳でおとーさまを見る。大臣’sが青ざめてわたわたと首や手を振り、陛下ダメです〜、と口をパクパクさせる。ちッ、邪魔すんじゃねぇ、大臣’sごときが。

 おとーさまは咳払いを一つすると、周囲を見渡した。

「わかった。約束しよう。ティセラ、だが、いいな?ちょっっっとでも口を開いたり一歩でも動いたりしたら、この約束はナシだ。」

 やった!

 大臣’sがへなへなと膝から崩れ落ちた。心なしか縦線がさっきよりずっしり重そうだ。

 しかしそんなことはどうでもいい。夢にまで見たカジノへもうすぐ行くことができるんだ!

 


 ひらりひらりと柔らかな光を翻すドレス。白の紗が幾重にもふわふわと重ねられたそれは、真珠とレースで造られた薔薇があしらわれている。腰まで届く金の髪を結い上げ、ドレスと同じ白の生花を挿した私は、・・・はっきりいって悪趣味にもほどがあるわよね。

それにしても退屈だナー・・・

 おとーさまと約束をした次の日の夜、予定通りにフォルツァーノからの親善の使者達は到着した。形式通りに両国間での挨拶がなされ、現在は歓待のパーティーの真っ最中である。

 動くな喋るな飲み食いするなとうるさいおとーさまの言いつけを私は大人しく守っている。約束を反故にされたくないからねっ。しかしそんなしおらしい私のことを誰も信用していないのか、私の周りは大臣’sや果ては騎士団員達が取り巻いている。そして私が何かしでかさないかどうか神経を張り詰めて見張っているのだ。こいつら、あとで覚えとけよ・・・

 でもまぁ、傍目にはお姫様と護衛騎士を演出できているかもね。

 私はくるりと辺りを見渡した。

 おとーさまはジャスティン王子と歓談しているようだ。私もジャスティン王子を見るのは初めてだけど、フォルツァーノの人らしく漆黒の艶やかな髪で、涼やかな瞳の色も同じく黒。かなりの長身で、立ち振る舞いもも大国家の王子らしく威風堂々としている。年は19と聞いているから私より5つ年上ということになる。こりゃ周囲の貴族令嬢達がきゃあきゃあと騒ぐのも仕方ない。ま、私の趣味じゃないけどね。

 そんなことを考えながらジャスティン王子を観察していると、ふっと振り仰いだ当の本人とばっちり目が合ってしまった。

 げ・・・

 じろじろと観察されてたと知ったら気持ちのいいものではないだろう。私は取り繕うようにジャスティン王子に作り笑いをしてみた。だがしかし、向こうはその笑いには応えてくれず、私のことを真っ直ぐに睨みつけてくる。そしてつかつかと私のもとへ向かって歩き始めたではないか!

 うぬぅ・・・

 これは・・・逃げるべきか、それとも戦うべきなのか?

 周囲の人達は凍りついたように動けない。

「じゃ・・・じゃすてん殿〜・・・ふごがっ」

 おとーさまはジャスティン王子をあたふたと追いかけようとして、けつまずいて転んだ。ヅラが悲しいほどに勢いよく飛ぶ。

 私がどう対応するか考えがまとまらないうちにジャスティン王子は私の前に立ちはだかる。身長差がかなりあるためその圧迫感に私は一瞬たじろいだ。

「も・・・もう駄目だ・・・」

「アストレイアはオワリだ・・・あははははハハハ」

 大臣’sが壊れた。ジャスティン王子はそれを気に留めた様子もなく、私から視線を外さない。そして、口を開いた第一声が。

「か・・・可憐だ・・・」

「はぁ?」

 何、言ってんだコイツ?

「アストレイアのティセラ王女であられるとお見受けした。月夜にしかその姿を現さぬ深窓の姫君という噂は聞いてはいたが・・・」

 そらまぁ、私が出てこれるのは夜だけだもんなぁ。でも、他国でそんな噂になってるなんてねー。

「まるで妖精さん・・・おお、噂は真であった・・・いや、噂以上だ・・・雪のように白い肌、湖のように深い瞳・・・」

 ジャスティン王子の端正なお顔から、あろうことか鼻血がぱたぱたと流れ落ちた。フォルツァーノのジャスティン王子といえば武芸に秀で、学問にも明るい聡明なお人という噂を聞いたことがあるけど、あんたこそ噂以上だよ・・・

 私はこの変な王子様からどうにか逃げようと、愛想笑いを浮かべたままじりじりと後ずさった。しかし、ジャスティン王子はすっと片膝をつき、私の手をとって、こう言った。

「ティセラ王女、わたしと結婚してください!」



「へ?」

 父上は何を言ってるのだろう?僕は思わず間の抜けた声を出してしまった。

「こんな日が来ようとは・・・なんという幸運!!アストレイアの未来は明るいぞ、そう思わんか?カイトよ!」

「思いません。いいですか?父上。姉上がフォルツァーノの王子に求婚されたのは理解しました。ですが何故それを受ける気満々でいるんですか!!昼は僕なんですよ!?」

「おまえなら何とかできるだろう、ワシは信じておるぞ!」

「息子を嫁にやる父親がどこの世界にいるんだぁぁぁッ!!!」

 僕はバンと机を叩いた。ダメだ、父上は聞いちゃいない。この振って沸いた縁談に終始ニコニコとしている。

 たしかに僕と姉上は瓜二つと言われるくらい容姿も声も似ている。姉上の姿を例の事情から僕は10年程見てはいないが、誰もが声をそろえてそう言うのだから余程似ているのだろう。

「っていうか、むしろカイト様のほうが美少女・・・」

「なにせ守ってあげたい姫君No1の座にここ数年君臨しているのはカイト様ですからなぁ・・・」

 うんうんと頷きあう大臣達。ダメだこの国終わってる。僕ももう終わ・・・

 いや!自分の道は自分で切り開くしかない!僕は独り立ち上がった。このまま状況に流されていては、ありえないことに僕は男と結婚することになってしまう。今までも姉上の起こしたとんでもない騒動に巻き込まれたことは多々あるが、今回のこの件だけは何としてでも阻止せねば・・・!

 しかしどうするべきだろう?父上はこの様子だから全くあてにはできない。姉上の縁談に弟である僕が割り込んで破談にするというのも、ことの次第によっては両国間の親善関係を崩してしまう可能性もあるだろうし、姉上自身が断るというのも同様だろう。となると、残された手段はジャスティン王子のほうから前言撤回してもらうしかない。そこまで考えてはたと僕の思考回路は止まった。

 ・・・姉上は、ジャスティン王子のことをどう思っているのだろう?

 話によると、ジャスティン王子は聡明で明朗闊達な人柄で、容姿も申し分なく非の打ち所がないという。だから、もしかしたら・・・姉上もジャスティン王子のことを・・・そうしたら僕が二人のことを引き裂いていいわけがない。姉上が悲しむ姿を想像して僕は、微妙に複雑な気持ちにさせられた。ここは、姉上の心を知っておく必要があるだろう。

「ファム、いるんだろう?どこにいる?」

「カイト様、お呼びですかぁ?」

 ふわっと燐光を散らして現れたのはファムは、姉上が契約召喚したのであろう妖精で、姿形こそ人と変わらないが掌に収まる程度の大きさしかない。全身がやや透けて光を帯びており、鳥の翼にも似た6枚羽でふわふわと優雅に僕の目の前に浮かんでいる。僕は姉上と違い、魔法に関する資質を持たない為詳しいことは判らないが、彼女は僕と姉上にしか視認できず、会うことのできない僕たちの間のホットライン役とでも言うべき存在だ。

 ファムは眠たそうに大きな伸びをする。

「うぅ、ティセに付き合ってたら毎晩遅いんですよぅ。お肌に悪いのです・・・」

 ・・・精霊体の彼女の肌がどう荒れるというのだろう。それはさておき、僕は早速本題に入る。

「昨日の夜の話は父上から聞いている。姉上はジャスティン王子との縁談をどうお考えなのだろうか?」

「ジャスティン王子ならファムもこっそり見ましたよぅ。とっても素敵なかたでしたのです〜」

「いやだから、ファムの感想ではなく姉上のお考えをだな・・・」

 何故だろう、僕の周りには人の話を聞かない者が多いように感じられるのだが。

「ティセ?ティセならフォルツァーノに行けるって喜んでいたのです。」

「ナヌ―――――――!?」

 ジャスティンの野郎、よくも姉上をたぶらかし・・・ご、ごほん。もとい、姉上がそんなにもジャスティン王子のことを想っていらしたとは・・・!

「邪魔したる。」

「ほへ?か、カイト様??目がすわっているのですよ??」

 姉上は渡さない。そもそも僕は嫁に行く気など全くないのだ。よって、こんな縁談など僕の手で破談にしてくれるわ!!



「ティセラ姫、どうされました?このような場所に呼び出したりして・・・」

 さわっと風が吹く。時は夕刻をまわり、あたりはすでに薄暗い。城の中庭、昼は陽光のもと咲き乱れる花々も今は眠りに落ちようとしている。風でひらひらと靡く白のドレスだけが色彩を失いつつある世界の中で妙に目に眩しい。

「・・・あ・・・あの、二人きりでお話したいことがあって・・・」

「そんなに緊張することはないのだよ、可愛い人。私と二人きりになりたいなんて、おお、なんという神の思し召し。丁度私もあなたと同じ気持ちだったのですよ、ティセラ姫。」

 ジャスティン王子は僕のことを姉上と信じて疑わないようだ。一応、姉上が昨日の夜会で着ていたドレスを装備し、姉上よりも短い髪は結い上げてリボンとウイッグで誤魔化している。言っておくけど、僕に女装の趣味があるわけでは決してない。だ、誰にもこんな姿を見られませんように・・・そういうわけだから迅速に、計画を実行せねばならない。僕は姉上のふりをしてジャスティン王子に幻滅されなくてはいけないのだ。

「それにしてもティセラ姫、今日の貴女は昨日にも増して愛らしい妖精さん・・・一夜毎にヴェールを脱ぎ捨て増す魅力はまさに神秘・・・私の心も早鐘のごとく鳴り響き、この狂おしい気持ちに永遠に終止符が打たれることはないのでしょう。」

 ・・・ジャスティン王子が何を言ってるのか僕にはよく理解できなかったが、彼は姉上を虜にするほどの男性だ。この台詞回しもよく勉強させてもらうことにしよう。

 ところでジャスティン王子と僕の距離がいやに近いのが気にかかるのだが・・・ジャスティン王子の吐息で前髪が揺れるほど、お互いの顔が近い。僕はじりじりと後退りするが、その分ジャスティン王子が接近してきて距離が遠のくことがない。これは、何とか早く決着をつけないといけないような、いやな予感がする、とても。

「あの、それでお話なのですが・・・」

「私たちの間に最早言葉など必要ないのでしょう。必要なのは世界の中に私と貴女、ただそれだけ。おお、なんという愛。これが理想にして至高の愛・・・」

 折角用意してきた言葉も、ジャスティン王子の異様な盛り上がりに呑まれて出てこない。そのうちに、背中に壁がどん、と当たった。これ以上は後退できない。どうしよう、何だか想定外の展開になってきた。逃げ場を失った僕は何とか打開しようと考えをめぐらせたが、気が焦るばかりでいいアイディアなど浮かんでこない。

「ティセラ姫・・・」

「は・・・い・・・」

 ジャスティン王子の手が僕の顎に掛かった。ジャスティン王子は真っ直ぐ僕を見つめている。僕は視線を逸らすことができない。二人の視線が絡み合う。ジャスティン王子が僕を抱き寄せ、これはキ・・・ス・・・?

 ダメだ!もう逃げられない!!

 僕は思わず目を閉じた!!

 

 どげしっ!!!

「ティ・・・ティセラひめ・・・?」

 ジャスティン王子はぱたりと倒れた。私の放った蹴りがジャスティン王子の急所にクリーンヒットしたのだ。

 ってか、この状況、どーいうことさ!!!

「悪いけど私、あんたみたいなの趣味じゃないのよねー。んじゃ、サヨナラッ。」

 相手が隣国の王子ということを考慮して、私は優雅に微笑み、ジャスティン王子を踏みつけてその場を後にした。隣国の王子でなかったらどうなっていたか、それは語ることもないだろう。

「おお・・・そんなあなたも素敵だ・・・ぐふっ・・・」

 ジャスティン王子は最後の言葉をそう残して昇天召された。

 丁度陽が落ちて私と入れ替わったから未遂で済んだけど、カイトの奴、私のドレスなんかで着飾っちゃって、このキモ王子と何しようとしてんだか。信じらんない!!

 いや、待てよ・・・?

 もしかしてカイトの奴・・・

 そっか!そーいうことだったのね!

 まぁ弟とはいえ他人の趣味にとやかく言う気はないし、姉は生暖かい目で見守ってあげるわよっ!



 そして夜は開け、フォルツァーノからの親善大使御一行は帰国されることになった。

 終始和やかに親交が行われた(と思ってる)ため父上はにこにこして彼等を見送っている。

 僕はといえば、昨日のことを考えると恥ずかしくて恥ずかしくて、顔を赤くしたままずっと俯いていた。しかし、あの後姉上とジャスティン王子はどうなったんだろう??ファムは何も語ろうとはしないし、激しく気になるところではあるのだが・・・

「ティセラ姫。」

「は・・・はい・・・」

 しまった。ジャスティン王子が突然振り返り僕に話しかけたものだから、僕は思わず返事をしてしまった。今日の僕は王子らしい服装をしているにもかかわらず、ジャスティン王子には僕が姉上に見えているらしい。・・・僕って一体・・・

「昨日の貴女は私に新しい世界を目覚めさせてくれました。貴女ほど素敵な女性に巡り合えた私はなんという幸せ者なのでしょう。お父上の許可も頂いたことですし、貴女が成人し、わが国に迎え入れることのできる日を楽しみにしております。その際には是非昨日の続きを・・・」

 きらりと爽やかにジャスティン王子の歯が光った。

「ええ、是非に!」

 何も知らない父上は極上の笑顔で返答した。

 僕は顔を引きつらせたまま、ただ立っていることしかできなかった。というか、昨日の続きって一体・・・??



「ティセラ―――――ッ!」

 夜空には蒼月アルカーシャが、波の音すら聞こえてきそうな程に近くに見える。その脇には常に、アルカーシャの半分くらいの大きさの紅月ヴィエルジュが炎を纏い鎮座している。二つの月の光が交わり、淡紫のヴェールに私たちは包まれている。

「ティセラ―――――ッ!」

 あーもう、いつものことだけどおとーさまってばうるさいなぁ。

「ティセラッ!!聞いておるのかッ!?」

 そういえば私はおとーさまに執務室へ呼ばれていたんだっけ。

「うっさいなぁ、もう。話って何よ。」

「なな何だその言葉遣いは!何度も言うようだがおまえにはアストレイアの姫としての自覚が足らんのだ!!姫ともあろうものが・・・」

 バンッ、と机が叩かれた衝撃でひらり、と机の上に整然と置かれていた書類の山が空を舞っていた。

「無銭飲食だの、公共物の破壊だの一体どういうことだぁ!!」

「そんな細かいこと気にしてるから、その年でヅラなのよ。」

「誰のせいだと思ってるんじゃぁ!!!」

 おとーさまのヅラが、ずるりとズレた。側に控えていた大臣’sの顔に縦線が入る。

「そんなことよりおとーさま。カジ・・・グランティシアに遊びに連れてってくれるって話はどうなったの?約束は守ったはずよ。」

「ぐ・・・ぐむぅ。いや、しかし、それはダメだ。」

「え――――――――っ!?何でよぅっ!!」

「いいか、ティセラ。ワシはこう言った。『ちょっっっとでも口を開いたり一歩でも動いたりしたら、この約束はナシだ。』と。おまえはジャスティン王子に歩み寄られたとき、確かに言ったはずだ。『はぁ?』と!!」

「はぁ?」

 勝ち誇ったように言うおとーさまに私は、怒りまくって言った。

「ちょっと!何よソレ!!それくらいどうだっていいじゃない!?」

「約束は、約束だ。それに一歩も動かない、というのも守れていなかったしな。」

 くっ、このオヤジ、重箱の隅をつつくようによく見ている。小姑か?

「今回は良かったが、おまえにボロを出されてはこの縁談が破談になってしまうからなぁ・・・」

「あっっっっっそう。いーわよ、そっちがその気なら、勝手に行くから!」

 私は腰元から水晶でできた杖を取り出した。掌に収まるほどの長さの杖は、私の魔力に反応して身長ほどの長さに伸びる。その杖に腰掛けると、杖は私を乗せてすいっと動き出した。窓を抜け出し、私の身体は城から夜空の下へと飛び出した。ここまで来ればおとーさまの手は届かない。

「衛兵、衛兵はおらぬか!ティセラが逃げた!!力ずくでも連れ戻せッ!!!!」

 その辺の衛兵に、私が捕まるわけないじゃん。おとーさまも学習能力が無いんだから。

「ティセ、また城下に遊びに行くの?」

 寝坊助ファムがふわっと現れて訊いてくる。

「違うわ。行き先はフォルツァーノよっ!カジノで豪遊よっ!!」

「えぇ??ティセ、本気なの??」

「モチよ!!さっ、出発よ〜ッ!!」

 杖は私を乗せて急加速する。光の軌跡をアストレイアの夜空に残し、期待に膨らむ私の心はフォルツァーノへと向かうのであった。


 

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