吸血鬼の話 ~ 上
吸血鬼の過去の話。
世界に猛威をふるう吸血鬼の中で、彼女だけは忘れ去られていった。
幻想郷の月が、紅い。
それは今夜を彼女が支配した証。
紅い館を包み、消すように、濃霧は夜空を覆いつくす。
「今夜も…」
声は月から―いや、月に浮かぶひとつの影から発せられた。
優雅に、しかしどこか背伸びをするように、両腕を左右に広げる。
「こんなに月が紅いから…」
よく見ると、彼女の掌から、夜空を覆っている紅い霧が出ている。
「んぅ~っ。」
どこか、どころかしっかり背伸びをしていたようだ。
「っふぅ。」
伸びきった様子。彼女は広げた腕をゆっくり胸元に動かす。
掌を体に向け、まるで悪魔の羽のように形作る。
「楽しい夜になりそうね♪」
瞬間、彼女の目が紅く光る。
直後、彼女は蝙蝠と化して四散した。
・ ・ ・
吸血鬼は、世界各地を飛び回ってその力を振るっていた。
人々から隠れてすごし、転々と場所を変えて生きていた。実に490年。
彼女は、吸血鬼の中でも比較的幼く、容姿も幼い。自身の館たる『紅魔館』に、吸血鬼以外の種の者を住まわせていることでも有名であった。しかしより力の強い吸血鬼が猛威を振るっていたため、そして彼女は吸血がうまく出来ないため、『出来損ない』として忘れられていた。
そんな彼女が重い腰を挙げ、次の住まいとして目をつけたのは、
「『幻想郷』にいらっしゃらない?」
自らを「八雲紫」と名乗る女は、紅魔館を訪ねてきた。話の第一声がそれだ。
「初めまして、『スカーレット・デビル』さん。」
「……。」
「ふふ、冗談ですわ、レミリア・スカーレットさん。この二つ名は、あまりお好きではないのよね。」
あまり謝罪の感情が感じ取れない、紫の声と笑顔。レミリアは少し嫌悪感を感じた。
「…えぇ。」
「私、八雲紫と申します。」
「……聞いたこと無いわね。」
「そうでしょうね。私は妖怪。日本のどこかに隔離された、『幻想郷』に住んでいますの。」
「…何のために私たちを?」
そもそも、この館を何故知っているのか、何処から入ってきたのか。そんな疑問もあった。
「…幻想郷は、現世から『忘れられた』者たちが住む場所なの。」
「!!」
「貴方たちには、その資格がある。現に貴方たちも、科学が進歩し存在をファンタジーなものとして捉えられている。貴方も、私も。」
「…そう。」
レミリアも分かってはいた。すでに館の外との交流もほとんど無い。
「それともう一つ。」
「何?」
「咲夜。」
「何でございましょう。」
突如、レミリアのそばに少女が現れる。
「ここにみんなを集めて頂戴。」
「…お嬢様の部屋に、ですか?」
「そうよ。」
「…御意。」
スッ、と少女が消える。
「…咲夜…」
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「咲夜?」
「えぇ、十六夜咲夜。ここにいるんでしょう?」
さも知っているような―いや、知っている口調。
咲夜はレミリアが匿うようにして館に住まわせている存在。彼女を知るものは、殆どいないはずだった。
「…いるわよ。呼んだほうがいいかしら?」
「いえ、いいわ。」
レミリアは、彼女に紅茶を淹れてほしかった。
「あの子、時間が操れるでしょう?」
「!!…何でそのことを…」
そもそも、この館に来たときから怪しかったが、住人の名前、そして隠していた能力まで知っているとなると、彼女への疑問は積もるばかりだ。
(…こいつ、何者…?)
「あの子みたいな子が、そして忘れられた貴方達が、これからこの世界で生きていけるとは思えない。」
「……。」
外との接触をしない今、人間の血を吸うという行為をまるでしていない。
それは即ち、食事をしないことと同然。
当然、分かっているつもりだったが…
(…別にしたいわけじゃないし…)
レミリアは、立ち上がって紫を見た。
「いいわ。そちらにお邪魔させてもらおうかしら。」
「あら、ありがとう♪」
「その代わり、好きにさせてもらうわよ。」
「えぇ。」
二人の微笑みは、何処か不敵に見えた。
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