第4話 永遠の罠(1)
第4話 永遠の罠(1)
歩けども歩けども、その光景は魅惑的に見えたが、果てしないことも感じていた。最初に気付いたのは胡蝶だった。
「ねェ、これ同じところを歩いていない?」
「そうかな?とても魅惑的なんだけどな。でも、そう言われて見れば…」
「確かめましょうよ。ケルンはここに居て」
そう言い残した胡蝶は、先に羽ばたいて行った。
「あったわよ。ここと同じ場所」
「えっ、同じ場所?でも、違う場所なんでしょ?」
「いいから。私はそこまで行って待っているから、ケルンはここからそこまでの風景を覚えながら歩いて来て」
そう言って胡蝶が羽ばたいていくと、ケルンは気が付いたように歩きだした。
「おっと、覚えながら歩くんだった」
胡蝶のところに辿り着くとすかさず、
「覚えたわよね?じゃァ、この先歩いて見て」
頷いたケルンは、最初の「ヘェ~、同じだ。やっぱり同じだ。似ているけど同じだ」から「同じだ。同じだ。おなじかなァ?」とテンポよく呟きながら歩くようになった。
ケルンの呟きが聞こえなくなってから暫くして、胡蝶はケルンを追った。
「どうだった?」
「同じだと思う。いや、絶対に同じだ」
胡蝶は自覚していないが、映像記憶能力を持っていた。それも、動的なものだったので、同じ光景であることは百も承知だった。知りたかったのは、これが何を意味し、どういう状況かということだった。
「で、これはどういうこと?」
「う~ん、多分トラップだ」
「誰の?」
「このパターンから行けば、そのうち包丁を持ったお婆さんが現われて…」
ケルンの言葉は、最後まで胡蝶に伝わらなかった。数ヶ月の旅の間で胡蝶が知ったのは、ケルンが非常に頼りなく、メカ以外のことに関して酷く間抜けだということだった。必然的に旅の主導権は胡蝶に移っていた。つまり、この状況を脱するためにケルンは必要ではなく、胡蝶がその手段を探さねばならないということだった。
胡蝶には、このトラップの幾何模様の記憶が微かにあった。それは乳を飲みながら結んだ印に酷似しているようだが、それらの印のどれなのかわからない。片っ端から印を結んでみるのだが、どれにも手応えが感じられず、例え手応えがあったとしてもそれがどうだというのだという想いもあった。その時、印のせいなのか、誰かの意図なのか幾何模様に変化が見られた。幾何模様に蟻の大群が朧に重なって見え隠れする。ついには、通路から何かが染み出してくる始末となった。ケルンが染み出した何かに右手を軽く触れて見ると、ジュ~っという音とともに指先が溶け始めてしまった。
「なんで、直接触れるのよ」
その言葉はケルンに届かず、
「こりゃ酸だ。それも、トビきり上等の酸だ。なにしろ僕の右手が溶けるんだから」
確かに直接触れたケルンは間抜けだが、特殊メタルの右手は、体内機構と連携して半日もすれば、修復されるだろう。依ってケルンは、溶けた右手に構うことなく、いいアイディアを捻りだすこととなった。
「ねェ、胡蝶。誰かの仕業なら君の暗示で何とかなるんじゃない?」
「暗示?」
やはり、胡蝶は自分の能力に気が付いていなかった。ケルンも確証のある発言ではなく、いわゆる“かまをかけた”ようなものだった。それでも、ケルンは主張を続けた。
「君の感情は、相手を操作できるんだよ!…多分」
「???」
「いいから、ここを出してって強く願ってごらんよ」
「ここを出して」
「弱っ、もっと強く」
「ここを出して~。私だけでも!」
しかし、トラップには何の変化もなかった。
「ケルンの嘘つき」
「いや、これではっきりした。ここは自然にできたトラップなんだ。ここには誰もいない」
酷く短絡的な結論で、この状況をなに1つ説明していないが、まだ最悪の状態ではないことが救いだった。