第5話 二重スパイ
第5話 二重スパイ
この地球と呼ばれる星のこの世界で、界主らによって特定監視地域に指定される箇所は、100以上にも及んだが、あの世界はその中でも“未知の地域”ベスト5に入っていた。とは言え、特定危険地域に指定されているわけではないので、緊急な対応を迫られているわけでもなかった。
界所の理念が『自然は、その掟を尊重し、人は、その個の意思を尊重する』であることは知っているが、ではなにゆえその理念が産まれたかを知る者は少なくなった。その理念の想起の源にあるのは、カガクとケイザイであった(あるいはその一部かもしれなかったが)。そのカガクとケイザイに端を発したのかはわからないが、狂い始めたのはそこであったとする界主らの想いがあった。狂い始めた世界に、これでもかと痛撃を与えたのは何者かに依る『サイレント・フォース』や『EN細胞』などの供与であった。
界所の目的の一つは、その“何者”を探し出すことであり“何者”を『謎なる誰か(Silent Another)』と呼んでいた。SAが一人なのか複数人なのかもわからず、諜報員をこの世界の各所に派遣しているのだが、帰って来ぬ者も多く、その特定は困難を極めていた。その諜報員としての役割が胡蝶に与えられ、あの世界への派遣となったのだが、果たして成果は、如何なものだったのだろう。
「よく把握できていないのですが、事実だけを報告致します」
ノージはそう前置きした上で報告をしたのだが、その報告はまるで夢物語然としていて、界主らにも報告の内容はわかるのだが、イメージが全く掴めなかった。
「その世界は、伝説の中国神話が実在すると考えれば、筋が通るように感じます」
そうシュレンが言うと、皆頷いた。読者の方の多くが気付くであろうこの事を、改めて確認するのは、界所の指導者たちの頭が固くなっているせいなのだろうか、それとも、中国神話も風化しつつあるということなのだろうか。
界主がノージに聴くには「結論として、そことSAは関係ありそうなのか?」ということで、ノージは「わかりません。心証としてはセーフなのですが、なにしろ夢物語なので。結論はやはり、わかりませんとなります」と答えるのだった。
(この役立たずが!)と思った界主であったが、そこは1組織の長であるから我慢した。
「では、胡蝶を泳がせてみるか」
ノージは仰天した。胡蝶は諜報員見習いからいきなり、二重スパイの嫌疑をかけられてしまったのであるが、界主の想うには(本人が意識しようがしまいが、あそことのパイプを持っているのはあの小娘だけだ。あそこが何か意図すれば、胡蝶から伝わるかもしれない。それにあそこは緊急というわけでもないしな)ということで、必ずしも二重スパイの嫌疑ということではないようだ。
界所の指導部の結論は“あそこは、緊急性がないから胡蝶を他に回せ”だったが、仮にも3賢人の一人シュレンの直轄特命小隊であるから、その任務の内容も特殊性を帯びたものになり、そこで浮上したのが”鉄の街“であった。”鉄の街“はケルンの郷里でもあり、うってつけと思われたが、ケルンには迷惑である。話の流れからいけば、2度や3度は必ず檻の中で過ごすことが目に見えるからである。




