第14話 独りよがり
第14話 独りよがり
竜生九子の内のひとつ狴犴(へいかん、げいかん)は、姿は老いた虎に似ていて威力だけは持っていた。訴訟を好み、監獄へと拘禁する狴犴は、その者を裁くことも当然だと思っていた。つまり、一人で訴え、一人で牢屋に繋ぎ、一人で裁いていたのである。
「ここどこよ?でも、懐かしい気もするわ」
胡蝶らの周りには、鉄の檻が張り巡らされ、あたかも囚人となったようであるが、それは主観、つまり観察の視点の違いによるものであり、胡蝶らは、まごうことなく監獄の中に囚われていたのだった。
ケルンはケルンで懐かしき街を思い出していた。
「これは“鉄の街”の追手によるものか?」
シベルは達観していた。
「何話か前で『不自由を 常と思えば 不足なし』と学んだよね」
トラとカイロは興味無く、麒麟の幼生は何も気にしていないようだった。
「しまった」と想う狴犴の後悔は、ただ手順にのみあり、それは「訴訟の手順を省いてしまった」ということだったが、訴訟の因を思いつかなかったのだから仕方がないと言えば、仕方がないのかもしれない。とはいえ、訴訟の因がないのだから、裁くこともできなく、あえなく胡蝶に相談するハメとなってしまった。
「被告の胡蝶さん、この状況をどうすればいいのかな?」
「こっちが聴きたいことよ!」
「まずは、冷静に。そうでなければ、退廷してもらいます」
「それは、望むところだけど…」
胡蝶には、狴犴の想いもその振舞いも理解できず(狴犴は、どうしたいのかしら?これじゃあ、まるで独りよがりのトバッチリよ)そう想う胡蝶であったが、狴犴には狴犴の悩みが存在した。
狴犴にとっては、聴こえてくる胡蝶の評判がただ気に障っていただけだった。それが、手順を踏まない監獄への収容となったのであるが、これは、全くの狴犴だけの都合で、独りよがりと呼ばれても仕方がない。しかし、独りよがりには独りよがりの主張があったのだ。
独りよがりであっても、それは主観であり、主観にはなんびとといえども干渉することが困難で、主観は誰からも善し悪しの評価を受けるものではなかった。
会得したばかりのテレパシー能力が、胡蝶に狴犴の“気に障る”という悩みを察しさせ、それが主観であると気付いた胡蝶にとって、それが酷く難解な問題に感じられた。しかし、胡蝶のいいところは、決断の速さで、決断の結果が思わぬ展開を見せることもあるが、それは仕方のないこととしていた。そして、今回の決断は、取り敢えずの提案をして見ることだった。
「狴犴さん、こうしたらどうかしら?訴訟を話し合いに、監獄をおもてなしに、裁きを折り合いに代えたらどうかしら」
話し合いは、相手を知ることになり、おもてなしは相手の心も自分の心も開くこととなる。折り合いは、自分に納得感を与えるだろう。
狴犴は、ものは試しと、屏風や暖簾、掛け軸、…数多のおもてなし用具を準備した。
「これはいい気分だ。これから骨董を趣味としよう」
向かう方向は、僅かに疑問を残すが、取り敢えず、狴犴の独りよがりは解消されたかもしれない。
しかし、今回はたまたま無難にことが済んだのだが、主観は奥が深い。主観の主たる主体、主体の根源たる個、つまりは『個の尊重』という命題を抱えることになるのだが、それはず~っと先の話であった。




