第3話 寂しい
第3話 寂しい
ケルンの有機体としての部分は脳しかなく、その他の部分は特殊メタルで構成されていた。工場で行われる身体の改造の権利は戦功によるものであり、15歳となるケルンには、未だそれは許されていなかったためなのか、ケルンの発想は自己改造へと向かい、メカ馬鹿となったようである。発想の動機が、ただ生き残りたいためだったのか、生来のメカ馬鹿だっただけなのかはわかる由もない。ケルンは昨年まで、教育という洗脳を受けて育った。教育では、闘う意味は教えて貰えず、闘う方法だけが教えられた。戦功をあげて武装のグレードアップをすることが誉とされていたが、そこにケルンの異論はなかった。ケルンが他の者と違うのは、自己によるグレードアップを行うということだけであり、ケルンの管理者からは特に異端視されてはいなかった。性欲や食欲といった本能は失われており、ただ武装のグレードアップによってのみ存在価値が認められ、感情もそこが起点となっていた。睡眠欲だけは残っていて、1日に2、3時間は眠るようだが、これもメカに夢中になると忘れてしまうことが多かった。
「ねェ、ケルン。これからどうするの?」
「どうしようか?胡蝶を僕の街に連れ行くわけにはいかないし…」
「違うところに行く?」
ケルンは少しの間、考えたが、
「違うところに行こうか」
ケルンへの命令は、胡蝶の集落を陥すことで終了していて、ケルンは今のところ命令を持つ身ではなかった。通常の戦闘員ならば、それでも街に帰還しただろうが、そもそも、ケルンの思考はメカだけへの興味だったため、違うところに行ってもケルンには何の支障も無かったのだ。ケルンには製造番号があり、それが認識されるとやっかいなことになるとは、ケルンの想いの他だった。
「父さんや母さんは?お兄ちゃんは?」
事情を知らないケルンは、何を尋ねられているのかわからなかった。ケルンもその場にいたはずなのだが、メカに夢中となったケルンには何事も起こらなかったと同じなのだ。
「どういうこと???」
胡蝶は事情をケルンに伝えたが、それは皆が崖の下に落ちたという事実だけであり、それが何故かということには触れていなかった。胡蝶にも何故かということはわからず、そこに事実だけがあった。
「多分、みんな死んじゃっただろうね」
胡蝶が狂ったように喚いたことに対しては、
「多分、それは寂しいという感情だと思うよ。僕は、そうはならなかったけど、たまにそういう奴がいて、そいつはいつの間にかいなくなっていたよ。後で、先生に聞いてみたら、それは『寂しい』という感情で、異常な状態なんだって」
「寂しい?感情?異常?」
「そう、気を付けなきゃ」
「わたし、今正常?」
「うん、そう見えるよ」
「ケルンを見つけてから正常になったような…」
「そりゃ、偶然だよ」
ケルンも感情や寂しいということの実際を知らなかった。ただ、胡蝶よりも少し多く生きてきて、周りの知識や認識を与えられたというだけだった。
6歳になろうかという胡蝶と15歳のケルンの旅が始まった。目指している場所はなかったが『鉄の街』を迂回することは決めてあった。これは胡蝶のためであり、ケルンのためではなかったが、結果としてケルンからやっかいを除いたことにもなる。比較的に穏やかな道中のやっかい事は、胡蝶の感情爆発であった。胡蝶の感情は、他者への暗示を伴っていて、ケルンはそれに気が付かなかった。ケルンは、生来そうであったか定かではないが、洗脳や暗示などへの耐性を持っていたようだ。そのおかげで、大過なく道中を経ていた時、ある不思議な光景に出会った。