第9話 遺伝子
第9話 遺伝子
1万5千年ほど前に生誕した龍生九子は、成龍となれず、各々が成龍となるための課題を持っていた。
嘲風は、鳥姿をしており、ただ眺むることを得手とした。創造主はこれが不満で嘲風は「眺めることの意味を考えろ」と言われていた。つまり、観察力を養えということであろうか。
螭吻は、魚姿をしており、鯱によく似て、何かを築きあげることを好んでいた。螭吻の課題は建築物の築造にあったが、魚姿のため咥えて行う作業は遅々として進まなかった。
数千年前に、嘲風も螭吻も、この課題の成就をほぼ諦め、創造主の怒りは嘲風をただ“屋根の軒の上に立っている”者とし、螭吻は、剣で突き刺されて屋根に固定されてしまった。
螭吻の与えられた建築資材は、20個のパーツだけであり、その建築手段はパーツを咥えて、ただ並べるだけであった。20個のパーツは種別であり、その量はというと無限に思えるほど湧きおこった。最初は、創造主が手本として柱と屋根を20個のパーツから作り上げてみせた。「これは簡単だ」と思った螭吻だが、結局今に至っても柱と屋根以外は見当たらない。嘲風は柱と屋根の観察を行ったが、ただ「美しい構造だ」と思うだけで、あまり観察の成果はあがっていない。
嘲風は数少ない観察の成果の1つとして、この建築物を作るためには設計図が必要なことを覚った。「設計図は、簡略な方がいい」と思った嘲風は、柱と屋根を作った残りの資材から核酸を発見した。核酸は“AGTC”の4種類があるようで、そこから3個を取り出して、20個のパーツと対応させてみた。パーツをアミノ酸と名付けて対応させてみたのだが、核酸の組み合わせ(重複順列)は、4の3乗=64通りとなり、アミノ酸20個を表すには十分過ぎた。この取り出した3個の配列をコドンと名付け、コドンは64種類のコードを表現できるようになっていった。
柱と屋根まではいかないにしても「何か作ってみたい」と思った嘲風は、コドンの羅列で、アミノ酸の配列を記述していった。アミノ酸の配列は、3つとか4つとかの少ない個数で、設計図を渡された螭吻は「こんな簡単なもの」と思っていたが、設計図をよく見るとどこからどこまでが1つのセットかわからない。かくして、嘲風は開始と終止のコドンを付け加えることになった。この開始から終止までの1つのセットを遺伝子とかDNAとか呼んでいた二人であったが、遺伝子やDNAはあまりにも広義なので、1つのセットをコドンセットと勝手に呼ぶことにした。
――― 実在するコドンセットをプロテオームと呼ぶ。 ―――
3つとか4つのアミノ酸を並べて繋いだものをペプチドと呼び、最初は上手くいっているように見えたが、ペプチドを構成するアミノ酸の数を増やしていくと、破綻がやってきた。これをポリペプチドと呼んだところで、設計者:嘲風と建築者:螭吻は挫折するのであった。
ここを通りかかった胡蝶は、ふと気が付いた。
「あそこの建物面白いわ」
そう言った胡蝶は、建物にキノコを生えさせた。ビックリしたのは嘲風と螭吻で、二人はいつの間にか自由になっていた。二人を縛りつけていた剣などは、キノコと化していたのだ。自由になったことに感謝する二人と胡蝶は気が合い、談義が始まった。
「あら、やはりキノコよ」
「いや、設計図だ」
「さにあらず、現場が一番だ」
と、各々が各々の主張を繰り返す中で、胡蝶は、多くのことを学んだ。
確かにキノコは重要な突破口で、犀犬の術の全てがキノコを基とした酵素や薬であった。キノコの種類は数えきれないほどあり、その組み合わせが薬性酵素となるのだが、その印の会得には胡蝶の時間は未だ多く必要であった。




