第7話 龍生九子(りゅうせいきゅうし)
第7話 龍生九子
――― 龍生九子とは、竜が生んだ九匹の子を指すが、その書物によって九子のリストアップが異なっている。その書物とは『升庵外集』『天禄識余』『懐麓堂集』他である。依って、九子は九子とならず、増えることとなる。 ―――
取り敢えずの胡蝶らとの合流を認められたシベルであったが、胡蝶はシベルの進歩を見て取ることはできなかった。シベルは老婆の元で如何に苦労したかをトクトクと説明するのだが、それでも胡蝶は思うのであった。
「また怪我をしてくれないかな。試したい実験もいくつかあるし」
番いの犀犬は「同行はここまでだ」と言う。「なにゆえか?」と尋ねると「この先は龍の棲み処であり、自分たちにその中に入ることは許されていない」と言う。「さては、住居不法侵入罪にあたるのか?」と胡蝶は思ったが、どうやらそれは違うらしい。
カイロの思うところには「なにやら、第5の刻印への道筋からと大きく外れているのではないか?」ということで、胡蝶にそれを尋ねてみた。胡蝶は“初級の書”の6ページ目を確認すると「あっ、まるで方向違いじゃない。あの婆さんに嵌められたわ」
その胡蝶の想いは、半分はあたっていて、半分は外れていた。老婆の思うには「こう何千年も何万年も同じ日々だと退屈じゃ。何か面白いことはないか?」というところへ、胡蝶らが現われただけであり、老婆には悪意などなかった。胡蝶らは、今までの詰まらない侵入者たちと違って面白く見えたのであった。また、シベルが連れた麒麟の子を親に一目会わせたいという想いもあった。
方向違いの龍の棲み処は、ノージらの情報にもなく、いわゆる前人未到の地であった。とはいえ「ここから引き返すとまた蚩尤に捉まり延々とした談義が始まる」と考えた胡蝶は先へと進んだのであった。
龍の棲み処に入ると、そこは巨大な湖であった。そこには何匹かの長い生き物がいて、こちらに水を放ってくるのであった。カイロによると「あそこにいるのは伝説の龍と酷似しています」ということだったが、犀犬の言う龍の棲み処なのだから、それは当然といえば当然だった。
シベルはこちらに向かう水を避けようとして“球の護”の印を結んだ。その印は、一行を取り巻き、確かに水を遮った。しかし、このことが龍たちの機嫌を損ねたことに気付かなかった。
水を放つのは、龍生九子の螭首と蚣蝮(覇下、こうふく、はか、ばしゃ)であった。螭首が水を溜め、蚣蝮がその水を放つのであるが、その水は徐々に激しさを増し、巨大な水壁となり、ついには激流波となり、胡蝶らを襲った。
しかし、シベルの結界は揺るがず、シベルの成長を物語った。胡蝶はといえば、相変わらずにも“発現”の印を結んでいる。その印の効果は螭首にも蚣蝮にもキノコとして現われたが、それに喜ぶ龍生九子ではなかった。
執拗な水の放射にイライラする胡蝶は、やはり感情爆発を起こした。
「いい加減にしなさいよ!!!」
僅かながら怯んだ螭首と蚣蝮であったが、それでも水の放射は続いた。しかし、胡蝶は感情爆発によって“象徴”の印を閃いた。その印の効果は、螭首と蚣蝮の身体に個体ごとの紋様を徴し、水の放射は止むこととなった。
“象徴”の印は、感情爆発による胡蝶の暗示能力を遥かに上回り、個体の“真名”の一部を露出させるものだった。螭首と蚣蝮はこの事実に怯んで、水の放射を止めることに及んだのだった。一部とはいえ“真名”を知られては、これから一生、胡蝶に頭が上がらなくなる。胡蝶にその気は無いのだが、螭首と蚣蝮はそう思ったのだった。




