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乱象  作者: 酒井順
第2章 中国神話
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第5話 蚩尤(しゆう)の鋼

第5話 蚩尤しゆうの鋼


 思い出したのは、カイロであった。

「胡蝶、ノージの言葉を忘れていませんか?」

「えっ、何だっけ?」

「『逃げることに専念せよ』確かノージはそう言いましたよね」

「そうだっけ」

 胡蝶は忘れたわけではなかったが、覚えてもいなかった。胡蝶の性格として目の前の事に興味を持つと、全ての事を忘れてしまうという良いとも悪いとも言えない性癖があったのだ。それに胡蝶の持つ運命も関与しているのだろうか?運命が性癖と相まって胡蝶の数奇な巡り合わせとなっていた。しかし、それを言ってもカイロは納得しないであろう。仕方なく「次からはそうするわ」と答えた胡蝶であった。


「卑怯よ、これじゃ逃げられないわ」

 これは、カイロへの言い訳で、胡蝶には最初から逃げるつもりなどなかったのだが、確かに、胡蝶らは数十人の武装した者に囲まれ、逃げることは叶わないようだった。しかもというか、武装した者たちは皆、同じ姿に見えた。

「一体、何者なのよ」

「我は、蚩尤。この者たちは八十一人とも七十二人ともいわれる我の兄弟たちだ。しかも、神の子孫とされ、兵器の発明者であり、霧もあやつる」

「誰がそこまで自己紹介しろと言ったのよ」

 カイロも同感で『その役目は自分のはずで勝手に自己紹介をされては堪らない』と思っていた。さらにカイロの思うには『神の子孫とはいえ、頭の中身はケルンと同程度か?』ともなる。胡蝶はといえば、蚩尤に害意のないことを知っていて、次の言となる。

「どうしたいのよ」

「喰らわせろ」

「はァ?」


 よくよく聞くと、蚩尤の興味はケルンにあって、胡蝶は用無しのようだ。蚩尤とケルンは話が合って、蚩尤の云う「喰らわせろ」は、ケルンの纏っている武装を味見してみたいということらしい。ケルンは「それは僕の身体で、武装ではない」と主張するのだが、蚩尤は納得できないらしい。良い方法は無いかと考えて、思いついたのが、マシンガンの弾を喰らわせることで、空に向けて発射した。驚いたのは蚩尤で「それはバネ仕掛けか?」と聞いてくる。「そうではない」と言ってもきかない蚩尤は「こっちに向けて見ろ」という始末である。危なくてしようがないが、蚩尤の傍らに銃身を向けて発射すると、蚩尤はそれに飛びついた。正確に言うと、喰いついた。弾丸は蚩尤の口の中へと吸い込まれ、これで蚩尤の念願が叶い、味見となった。


「う~ん、よくできているが、柔らかい」

「柔らかい?特殊メタルなのに柔らかい?」

 ケルンには思い当たるふしがないでもなかった。蠱雕は嘴で捕縄を噛み切ったのだ。ここでは、特殊メタルも柔らかい部類に入るのだ。ここから蚩尤の合金談義が始まったが、話が長くなりそうなので、次の機会としたい。


 一方、シベルは枯れ葉の掃除に余念がなかった。両手に持った竹ほうきは、ほとんど役に立たず、シベルは思案の結果、トラップの中に枯れ葉を閉じ込めることにした。トラップを築くのは問題ないが、問題は、そのトラップに枯れ葉を閉じ込められるか?であった。しかし、心配を他所に枯れ葉は、トラップの中へと舞い込んだ。シベルといえども、意思なきものには“トラップ・イン”が効いたのだ。翌朝、筋肉痛となったシベルはまた思案した。筋肉痛となったのは“トラップ・イン”を発効し過ぎたせいなのは、はっきりしていたからだ。そのかいあってなのか?“オール・イン・ワン”を会得した。枯れ葉は、全て綺麗に片付き、老婆に報告に行ったのだが、そこで“円の観”と“球の護”を懇切丁寧に教わった。“円の観”は、己の全ての感覚を己の視界へと換える術で、苦手だった照準が飛躍的に上達しそうな予感がした。“球の護”は、結界を築く術で、トラップとはならなかったが、ある半径でその結界は築かれ強力な守護となるようだった。とはいえ、老婆の示す術式は、印ではなかったので、その翻訳に手間取った。手間取ったおかげか筋肉痛はさらに酷くなっていた。


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