第4話 蜃(しん)の光
第4話 蜃の光
――― 21世紀までの科学によって光速という速度が得られて、それは普遍であり、この世界における最高速度とされている。しかし、光はいくつかの事象によって屈折したり、曲げられたりする。どうやって光速を観測したのか疑問が湧き起こるが、それは大きな問題ではないのだろう。疑問と言えばもう1つある。それは、光速の精度はいくつまでの桁が有効で、どのくらいの観測誤差があるかということである。しかしこれも、光速を定数としてしまえば、大きな問題とはならないのであろう。―――
胡蝶の行く道筋に、封豨と修蛇が現われた。カイロによると、封豨は、巨大なイノシシであり、怪力・乱暴・頑丈な毛皮が特徴のようである。修蛇は、別名を巴蛇とも呼ばれ、巨大な大蛇であり、全長が1,800mもあるようだ。しかし、老婆の云うには「シベルのために、この2つは残しておけ」とのことらしく、胡蝶は、これらの2つをフラクタル・トラップに閉じ込めて、その場を立ち去った。
さて、ここからが真打ちとなる蜃の登場である。蜃は、巨大なハマグリであるか、蛟竜の幼生であるかはっきりしないが、問題は、その特性である蜃気楼の現出にあった。胡蝶らには、辺りが逆さに見えて、この現象が蜃気楼による倒像であることを知らない。蜃は、光の屈折を上手く操作し、胡蝶らを幻惑していたのであった。胡蝶は空に舞い上がり、逆さになってみたが、違和感は拭えなかった。ケルンは、倒像を克服しようと試みたが、ついには目を回してしまった。この倒像は、それぞれの主観に働きかけるものであり、つまりは蜃の結界内にいるのと同じことであった。胡蝶は勘よく、この現象によく似た陽炎を思い出し、自分自身に“陽炎”の印を施してみた。これが思いの他上手くいき、陽炎は蜃気楼を相殺し、ついには蜃の姿が見え隠れするようになった。胡蝶は、その蜃を追いかけて羽ばたいて行ったのだが、結界の真の姿がここからだと知ることになる。
逃げ水の如く蜃には追いつかず、疲れた胡蝶は、ついにトラを放った。しかし、トラとて追いつかず、それはただ胡蝶の休憩と思案の時間を作り出しただけだった。幸いなことに蜃からの攻撃は無い。とはいえ、蜃を捕縛するか、最低でも蜃の築いた結界を抜ける必要がある。そうでなければ、一生ここで蜃との追いかけっことなるのは必然と思われた。蜃は、光の特性をよく知っていて、巧妙なる光の操作で、胡蝶らを幻惑していた。蜃は光子の“粒子と波動の二重性”を知り、胡蝶が知らなかったことが今の敗因となっている。ということは、胡蝶がこのことを知れば、勝機があるかもしれず、ただそのことを祈るばかりであった。ケルンはまだ目を回していて使い物にならないが、カイロは正常に機能していて胡蝶に今の事象の説明を試みてくる。最近のカイロは胡蝶の言うことは全くきかず、ただ一方的に胡蝶に自分の主張を押し付ける嫌なやつだったが、この時は役に立ったようだ。カイロは主張をし続けていたが、胡蝶にはそのほとんどが理解できず、ただ気になるキーワードを拾っただけだった。それは、主光源と位相であり、主光源とは一番明るいところと想っただけだった。
「これね」
胡蝶は1つの光を見つけ“位相”の印を立て続けに結んだが、それは、胡蝶の想念の中のことだけであり、実現象に影響を与えるとは思えなかった。しかし、想念は光速を越えて、胡蝶の実体を蜃へと運んだ。と見えた時、蜃も蜃気楼も結界も消えた。
ここに胡蝶は、光に乗って移動する術を会得した。
その頃、シベルは老婆の無理難題と前向きに向き合っていた。
「この枯れ葉を掃除しなくっちゃ」
枯れ葉は、見渡す限りの庭園に堆く積っていて、空からは止むことを知らずに降ってきていた。




