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乱象  作者: 酒井順
第1章 象界師
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第2話 感情の始まり

第2話 感情の始まり


「集落が襲われている」

 父の脚は馬のように速かったが、ひらひらと舞うような胡蝶も遅れずに付いていくことができた。

 襲撃は、父らが「鉄の街」と呼ぶ大きな集落からのもので、闘いの勢いはどちらのものとも判じることはできなかった。それでも父は「このままでは我らの集落が失われる」と嘆きながら、闘いの中に身を投じた。父の嘆きは、双方の人数の比に対してだったが、胡蝶には、そう想えなかったようだ。「皆、争いを止めればよいのに」と、ただそう想う胡蝶の願いが届いたのか、闘いは収まりを見せ、双方の戦士は揃ってある一方向へと向かい始めた。

 その方向は、さっきまで胡蝶がいた断崖絶壁で、皆そこが終点であるように思っているかのようだった。やがて、一人また一人と崖から落ちては見えなくなった。それは絶え間なく続くように感じたが、それは感覚ではなく、現実のものだった。集落の戦士ではない者たちも、その崖へと向かっていた。

 この現象が、胡蝶のせいだと思いたくないが、正気でいるのが胡蝶だけとなれば、さすがに胡蝶を疑いたくなる。とは言え、皆が正気ではないのだから胡蝶が犯人と疑われることもないはずだ。


 全ての人が崖から見えなくなると、胡蝶は安堵したようだ。「これで争いが無くなる」と思ったのか知ることはできないが、胡蝶の口元には微かな笑みが浮かんでいた。その笑みに気付いた胡蝶は「何故?」と産まれて始めて覚えた感情に戸惑いを持ってしまった。その感情を持て余したのか胡蝶は、狂ったように喚き始めた。喚いたとて、皆が崖の下なのだから、慰めてくれるものもおらずに永遠に喚くことが運命と思われた時、小さな塊が僅かに動くのを胡蝶は見逃さなかった。1つの感情を持った胡蝶に雪崩のような感情が襲い、その中に「寂しい」という感情も含まれていたのかもしれない。その寂しさが動くものに過敏に反応し、その動いた塊の元へと胡蝶を歩ませていた。


 近づいてみると、動いたものは胡蝶の2倍ほどの大きさがあり、その一部が硬質を放っていた。胡蝶は知らなかったが、その硬質の正体はマシンガンであり、銃口は幸いにも胡蝶に向かっていなかった。今気付いたように胡蝶と目が合った少年は、不思議そうに微笑んだ。

「あれっ、戦闘は?」

 ケルンと呼ばれるこの少年は、大のつくほどメカ好きで戦闘中に故障したマシンガンの修理をしていたらしい。左腕の代わりとなっているマシンガンも、胡蝶にとってはそれほど奇異ではなかった。胡蝶の集落では、皆が異なる姿をしていたのだから、それも無理はない。


 胡蝶にとっての救いは、この少年との出会いであった。

「ケルン?あなた優しい。私に全てを教えてくれる」

これは、胡蝶の錯誤だが、今の胡蝶の現状からは責められない。ケルンが優しいという印象は、胡蝶に害意を持っていないと言う意味では概ね正しかった。いわゆるケルンはメカ馬鹿で、思考の興味はそこにのみ存在した。マシンガンが人を殺すという発想の持ち合わせがないのだから、胡蝶の師としては、いささか心許ないが、仕方がない。


 ケルンの出身は「鉄の街」であるが、産まれた時から父母はいなかった。敢えて父母を探すとなると、それは工場となるだろうか。「鉄の街」の住人の全ては自己生殖能力を持っておらず、子孫の生産は工場に依るしかなかったのだ。明確に支配者と被支配者が区分されたその街は、生産された子も区分の例外とはならなかった。戦闘員として生産されたケルンの思考の興味が、闘うことではなく、メカに向かったのは異例中の異例と言えるだろう。もちろん、ケルンには支配されているという意識もなく、そのことが胡蝶とケルンの運命を導くことになる。


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